この4月から、「富士山版ジオパーク研究校」(地域学研究指定校)になった勤務校。今日は、文化祭の代休を使って山梨から富士、長泉町までぐるっとフィールドワーク(および講演のお願い)に歩いてきました。
まず伺ったのが、NPO法人「富士山クラブ」さんの事務所。閉校になった小学校の木造校舎を使った建物です。以前、アメリカの方と一緒に来たことがありますが、この日は午後からネパールのご一行(エベレストと姉妹山提携を結びました)が来られるとのこと。「世界の富士山」であり、「抱える共通の悩み」について伺いました。
青木事務局長さんと一緒に次に伺ったのが、本栖湖畔のレストラン、「松風」さん。ここのご主人は、富士山麓のジビエ料理の草分け的存在で、狩猟のネットワークから食肉処理場の立ち上げ、調理まで一手に手掛けるキーパーソンです。
増えすぎてしまった鹿や猪を「駆除」するにあたって、処理法も流通ルートも確立していなかった頃は、1頭当たりいくらの補助金をもらうために撃ったそばから証拠となる歯や尾を切り取って後は埋めていた(静岡県側では今もそうしているんだそうです)ところを、町委託の処理場を立ち上げ(新設はほとんど前例がなく、保健所や厚労省との綱引きがとてつもなく大変だったそうです)、平成20年のオープン以来、黒字をキープ。ただ、ご主人曰く、「あくまで駆除の副産物としての肉。事業拡大のために必要以上に殺したり、エゾシカのように牧場で飼うようなことはしない。ここに食べに来られる人の分だけ作り、完全なる地産地消で行く」とのこと。いただいたカレーセットのボリュームと値段、そして味に感激でした。
一旦富士に戻り、車を降りて夕方からは長泉町で行われた「伊豆ジオパーク講演会」へ。静岡大学の小山教授の講演です。昨年、伊豆ジオパークに長泉町が加盟したことにちなんで、「ジオパーク」とは何か、どんな方向を目指していくのかについて、示唆に富んだ講演でした。
先生はまず、マスコミ等で「ジオパーク=地質遺産」という誤解が蔓延していることを指摘。同じユネスコの傘下において、「世界遺産」と「ジオパーク」の違いについてわかりやすく説明されました。
世界遺産は、基本的に保存(開発や変化をさせない)することが大前提であるのに対し、ジオパークは
利用し、交流することを前提としていること、単に珍しい地形や地質を愛でるのではなく、変化に富んだ大地の特性を生かしつつ、その上に暮らす人間の知恵や歴史、文化、時には職人芸などの無形文化財をも「ジオスポット」として活用し、地域を活性化させていく事をユネスコが応援するものであると定義されました。「ジオパーク教育」「ジオガイド」関係のサイト等を見ていると、地学(あるいは自然地理)の題材じゃなければだめなのかな?と思っていたのですが、今日の講演を聴いて「なんだ、地理でいいんだ」とお墨付きをいただいたようで、安堵と可能性が見えてきました。
何気なく見過ごしている景色は、ある一定の「文法」や「見方」がわかっていると、格段に面白くなるものです。また、土地の歴史を知ったり、古い地図を片手に現実の世界と見比べてみることで思わぬ発見もありますし、今日のように、ただご飯を食べるのではなく、人から紹介していただいてお話を聴くことで、地域の魅力が格段に見えてくることがあります。そうした「地域の魅力」こそが「ジオ」なのであり、理系ティックに切ろうが文系ティックに切ろうが、見る人訪れる人と地元の人が楽しめればよいのです。
私自身、「ジオパーク教育」を広い意味での「キャリア教育」として捉えています。地域に根差し、創意工夫を持って仕事をしている方、創り出している方の経験談を生徒や教員にぶつけることで、地域の魅力を再発見し、「そこに根差して働く価値のある場所」「帰ってきてもいいなと思える場所」であることを認識してもらおうと思っています。
NPOの職員さんに猟師さん、一見、「珍しい仕事」の方ばかりお招きするようですが、お話を伺う限り、我々教員よりも数段高い視点で地域やこの国を俯瞰され、自分の考えで行政や地域と渡り合っている様子は是非多くの人に聴いてもらう価値があると再認識しました。
もちろん、ただお呼びするだけではありません。ギブアンドテイクの関係で、お客さんのアテンドや、地域の防災教育のプランニングへの関与など、自分にできることは喜んでやらせてもらおうと考えています。
いい勉強をした一日でした。夏から秋にかけて、全く新しい「富士山学習」のプログラムをスタートさせたいと思っています。