2020年02月24日

必修高校地理は「もう暗記科目ではない」のか?

1年近く前の記事になりますが、明治大学の経営学部で教鞭を執られている地理学者、中沢高志先生が、大学のサイトで高校地理の新必修科目についてわかりやすくコメントをされています。内容をあげつらうつもりはないのですが、高校の新必修科目「地理総合」をめぐる「学界」と「現場」の乖離を端的に表しているとおもわれる記事なので、紹介がてら取り上げさせていただきます。

高校で必修となる「地理」は、もう暗記教科ではない楽しさがある
(Meiji.net 2019年3月27日)


 タイトルを見て、「ん?」と思われた方は、多分高校で地理を履修したか、現に教えている方だと思います。というのは、「地理は暗記ではない」「歴史のように、覚えたことをそのまま問うて点数を稼ぐような科目ではない」「地理は論理的な科目だ。だから理系に向いているんだ」といった言葉(自負)は、担当の先生からさんざん聞かされてきたと思いますし、実際そういう気概を持って教えているんだという先生は沢山いると思います。逆に「さあ、地名テストをするぞ」とか、「山脈や鉱山を覚えるぞ」ということを嬉々としてやるような先生は、どこか古くさい感じがしたかと思いますし、先生によっては「そういう暗記は中学校の地理だ」と割り切り、「最近の中学校はろくに覚えさせていないから困る」と嘆いていたかと思います。
 では、中学校で基本的な地名や知識が身についていない生徒を相手に高校の先生は何をしてきたかというと、「地理的な見方・考え方」を伝え、「地誌」よりも「系統地理」なるテーマ別のデータの見方などを中心に教えてきました。いわゆる「地名物産の地理」(戦前の地理教育をくさすときによく使う業界用語)というよりも、「センター試験」で正答を導き出すための「定石」のようなものを一生懸命教えてきたわけです。一方、受験に関係のない学校では「教養の地理」と称して、これはこれで教科書とかけ離れた、よく言えば先生の思いのこもった、悪く言えば我流の、旅自慢や国調べみたいな学習がまかり通って来たわけです。両極端なやり方を上の世代から引き継いで、それなりに軌道修正してきましたが、はっきり言えることとしては、世間一般の皆様が考えている「地名や地域の特徴を覚える」ような地理は、高校ではごく少数でした。

 必修の「地理」が誕生するにあたり、当初は「地理基礎」という名前でした。高校生が全員学ぶにあたって最低限のベーシックな知識と概念を中学校の学習の上に積み上げ、その上で選択科目として従来の地理の教科書のような学習に移行するというものです。それが、学界が考える「理想の地理教育」を全員にやってもらおうという中で、「基礎」が「総合」となりました。最新の地理情報の取り扱いを全員にということで、地理情報システム(GIS)が入り、国と国との関連性、時事的な話題をということで国際理解教育や持続可能な開発(ESD)が、自然環境と防災も大事だということで、防災教育が柱となりました。このあたりの内容については、以前二宮書店の連載新シリーズの冒頭に書いたとおりです(→いとちり2019年5月12日)

2022年度から高校で必修化される「地理」は、従来の「地理」とは異なるものになります。

と先生は明言されていますが、悪い意味で異なってしまわないか、大いに懸念しています。

>「地理」を学ぶことによって、行ったことがないところに対しても想像力を働かせられるようになるから
です。
>空間軸を超えることによって私たちは外に開かれた視点を持つことができるようになります。

 いえ、正直申し上げて、「空間軸」や「時間軸」を持たない(持っているかどうかを確認しない)まま、とにかく情報をインプットして、「こう処理すればこういう解答が得られる」ということばかりしてきたから、「地理」という科目自体がマイナー化してしまったのではないかと考えます。

 今、自分たちが学ぼうとしているところはどういう場所なのか、そのために最低限知っておかなければならない知識は何なのか、そのあたりの基礎工事のないまま、理論を積み上げたところで何の成果も上がりません。特にその傾向が顕著に表れているのが、「日本地理」分野の扱いです。これは、次の次の学習指導要領に向けて考えていかなければならないテーマだと思いますが、今の地理の教科書での日本地理の扱いはあまりにも薄いです。系統地理のラストに「日本の○○」が出てくる程度、「日本地誌」に関しては、ほとんどありません。

 今学期扱ってきた単元(地理Aの「日本の自然環境と防災」でちょっと例をあげてみましょう。
 わりとおなじみの図です。この図を使って授業でどんなことを伝えたらいいでしょうか。また、テストでどんなことを問いますか?
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「日本の川は、欧米に比べて勾配が急だ」
それは、別に地理を習っていなくてもわかることです。
川の名前を伏せて、該当する川の名前を答えさせる・・・いかにも「センター地理」的ですね。
これらの川を地図帳で確認させ、河口の街、河港の街をチェックさせ、川と人の関わり、およびその変化を
紹介する・・・そうなると「日本地誌」です。

常願寺川の河口には富山市があります・・・水力発電です。アルミです。YKKです。
利根川の河口には銚子市があります・・・・醤油です。キッコーマンです。
信濃川の河口には新潟市が、木曽川の河口には桑名市があります。

 世界の大河川から見ればまるで「滝のような」日本の川も、近代までは大事な輸送手段だったわけで、それが鉄道や道路の発達とともに転換してきました。また、日本に電力が浸透する中で、大きな役割を果たしたのが水力発電所とそれを取り仕切るローカルな「電灯会社」でした(地域独占の大電力会社に統合されたのは戦中の統制経済の産物)。今、再生可能エネルギーやスマートグリッドの流れの中で、小規模な発電所や地域電力会社が注目されていますが、そうしたお話に入る以前の入り口として、「日本の主な川と河口の都市」ぐらいは、ドリルの1つや2つやってもそうロスにはならないと思うのですが、何かそのあたり、意図的に回避してきたような気がしてなりません。

 古いデータになりますが(これ以降出ていないのでこれを使っていますが)、日本地理学会が高校生を相手に取ったアンケートで、「宮崎県」の位置を言える生徒、「イラク」という国を地図上で示せる生徒が、地理を履修している生徒でも、それぞれ41.1%、27.7%という衝撃的な事実があります(詳しくは「いとちり」2008年3月21日)。当時の見解では、「地理を学んでいない子よりも地理を学んだ子の方が成績がよかった」と高校で地理を学ぶ有意性を強調していますが、これではダメです。「土台」が全くできていない上にいくら高尚なことを重ねても全く意味がないと思うのです。

 「もう暗記科目ではない楽しさ」・・・いえ、そうではありません。
 「楽しさ」を感じるためには、一定の暗記が必要です。暗記を避け、覚えていないという現実に背を向けたまま、むやみやたらに「課題」やら「問題」を提起して考えさせようとするから「楽しくない」のです。
 何を覚えるべきかがはっきりしていて、目標を立てて達成できれば充実感が得られます。頑張って覚えたことが試験に出て、点数がとれれば自身になります。「地理は得意だ」というベースができて初めて世界の事象や日本の課題に目が行きます。これは、受験にはほとんど関係ないと言われている学校で7年、「地理A」を教科書準拠で教えてきて、実感込めて言えることです。

 高校の授業を担当するのは学者さんではありません。ただ、これまで「地理」への関わりの薄かった先生が必修化に合わせて新科目を担当する際は、かなり面食らうことになると思います。そのときに、「いやいや先生、地理は歴史と違って暗記じゃないんですよ・・・」とか、「ほーら、暗記に頼らずに生徒を引きつけるのは難しいでしょう。地理ってのは特別な科目なんですから」なんていう人が大きい顔をしていたら、必修地理は10年(学習指導要領の更新年数)で失敗するでしょう。私も、日本史も世界史も担当していますが、地理以上に「何を覚えるべきか」や「覚え方」がはっきりしていて、覚えた上で知識同士がつながることで開眼する楽しさを歴史の先生はよく心得てらっしゃいます。そうしたバックグラウンドを持っている方々と上手に渡り合っていくことも、真の「地理プロパー」として求められる資質だと思います。

「もう暗記科目でない」という表現にかみつく形になりましたが、カウントダウンが進む中、新学習指導要領について頭を巡らせて行くことも大事かと思い、コメントしてみました。

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2019年11月24日

「歴史総合」が骨抜きに?(日本学術会議の提言を批判する)

 11月22日、「学者の国会」(学習指導要領や国の教育政策に影響力を持つ会議)である日本学術会議の「史学委員会中高大歴史教育に関する分科会」が報告書を発表し、記者会見を開きました(⇒報告書の全文はこちらからダウンロードできます)。要旨は教育新聞(Web版:2019年11月22日付)で報じています。地理教育にも関わる大事な提言ですが、非常に多くの問題点を含んでいますので、批判的に紹介したいと思います。
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 タイトルは「歴史的思考力を育てる大学入試のあり方について」とし、新学習指導要領(2022年度高校入学生から実施)の大学入試に対するものです。ご存じのように、新学習指導要領では、地理の必修が復活し、すべての高校生が2単位の「地理総合」という新科目と、日本史・世界史の近現代史部分を融合させた「歴史総合」という科目を学びます。その後、従来の地歴科目をベースにした「地理探究」「日本史探究」「世界史探究」という3単位の科目のうち、1つ以上を選択履修します。

 提言に関わった委員は、一橋大学の若尾政希教授を委員長とする16名。すべて大学教授で、高校関係者はいません(委員名簿はこちら。私は以前、日本学術会議の地域研究委員会地理教育分科会に出させてもらっていましたので、どんな雰囲気で議論がなされているか想像できます(現在も、地理教育分科会には、高校教諭・中学校教諭の委員がいらっしゃいます)。もっとも、必要に応じて現職の教員を呼んで意見を述べてもらったりしているので、委員に現場の教員がいないからどうだこうだいうつもりはないですが、少なくとも大学の先生が中心となって議論され、出された提言という前提で読んでいただきたいと思います。

 さて、中身を見てみましょう。

(1)作成の背景と提言の目的(色を変えてあるところは原文の引用)

@2006年の「高校世界史未履修問題」に端を発する高校歴史改革の必要性から、日本学術会議では2011年と2014年に提言を出した。
Aその内容は、「暗記偏重」からの脱却と、「日本史」「世界史」を融合させた新科目(当時の呼称は「歴史基礎」)の設立の必要性である。
Bこの提言は、文部科学省の学習指導要領改訂にも反映され、2015年に「歴史総合」という名の新科目の必修化が決まった。
C日本学術会議では、これを受けて2016年に提言「「歴史総合」に期待されるもの」を出し、新教科のあるべき姿を提示した。そこで強調したのは、、「世界史」か「日本史」かの二者択一ではなく、グローバルな視野の中で現代世界とその中における日本の過去と現在、そして未来を主体的・総合的に考えることを可能にする歴史教育である。また、授業の進め方については、「主題学習を重視」「近現代を中心に」「世界と日本の歴史を結び付け」「能動的に歴史を学ぶ力を身につける」など、提言で述べた内容が反映されている。
C並行して、「大学入試改革」が進められているが、大学入試に論点を絞り、新学習指導要領のねらいを充分に実現するため、「歴史総合」新設の意義を念頭に、「日本史探究」「世界史探究」との関係を踏まえつつ、大学入学共通3テスト、及び各大学の個別試験の出題科目と出題形式を中心に、その考え方と具体例を示すことが、今回の提言の目的である。

 学術会議の議論と提言が、新学習指導要領での歴史教育改革をリードしたと自負した上で、新しい歴史科目を学んだ生徒達が受験する大学入試の在り方について具体的な指針を示すとのことです。


(2)現状・問題点
@世界史「未履修」は駆逐されたものの、2単位ものの世界史(世界史A扱い:内容は近現代史中心)を履修させ、内容は世界史Bの前半部分で終わってしまう学校が後を絶たない=入試には使えない
Aセンター試験をはじめ、大学入試は知識偏重から脱却しておらず、「歴史=暗記科目」という認識から脱していない。
B以上を踏まえると、
 今回の歴史教育改革を成功させるために大学入試改革で重要な点は、1)新科目を定着させるような入試科目の設定、2)歴史的思考力を重視するような形式と内容の問題の出題、とりわけ多くの受験生が受ける大学入学共通テストにおいてこの2つの点を実現することであるといえる。

 ごもっともな指摘です。私は、現任校で着任以来、「世界史」を週3時間で担当していますが、確かにこの提言が言うように、「世界史B」を頭からやって、前半部分(ルネサンスあたり)で終えて、それ以後は選択科目で履修した生徒だけが学ぶ状態が続いていました(現在は、「世界史A」を3単位必修にして、全員が近現代史を学んでいます)。
 大学入試が知識偏重、確かにそうだと思います。思考力重視の新科目に対応した新しいテストのありかたを考えることは重要です。
 さて、「あれ?」というのはここからです。

(3)改善のための方向性

@「歴史総合」を大学入試の歴史系科目に必ず組み込む
 具体的には、大学入学共通テストの歴史系科目は「歴史総合・日本史探究」および「歴史総合・世界史探究」とする。

 歴史系の入試科目は「歴史総合・日本史探究」および「歴史総合・世界史探究」とすべきである。新しい必修科目を大学入試の出題科目として、確実に高校生が必修科目を学習するようにする。すなわち大学入学共通テストでは、地歴科の入試科目は、「歴史総合・日本史探究」「歴史総合・世界史探究」「地理総合・地理探究」とする。各大学の入試科目も
同様に、必修科目を入試科目に取り入れる。

A 歴史的思考力を評価する試験問題を、形式・内容の両面から研究・開発し、新テストをはじめとする各種の大学入学者選抜で実施する。
B現在のセンター試験の問題点を、大学入学共通テストでは改善する。

 特に問題視したいのは@の部分です。

 一見、当たり前のことを述べているに過ぎないように思えますが、これまでの議論の経緯、高校歴史教育改革の流れをわざわざ書いているにもかかわらず、この提言は矛盾しているように見えてなりません。
 そもそも、「日本史」と「世界史」の棲み分け(大学の研究者はもとより、高校の担当教員を含む)の下で、近現代史の学習や、世界史の学習が疎かになりがちだったこと、「世界史未履修」が公然と行われてきたことに対する反省から生まれた改革です。すべての高校生が日本史・世界史の壁を取り払った近現代史中心の科目をまず必修で学び、その上で日本史なり世界史なりの探究科目(旧来のB科目)を学ぶ流れが作られた訳です。1年生、2年生のうちから「私は日本史」「私は世界史」とならずにとにかく幅広い視野の中で歴史を学ばせたい、知識偏重ではなく、史料を基に考えたり、地図やグラフを読む(必修となる「地理総合』で身に付けたスキルも生かしながら)学んでいく訳です。

 それが、「歴史総合」+「探究科目」の入試セットとなったらどうなるでしょうか?恐らく、科目選択時に「歴史総合+世界史探究」コースと、「歴史総合+日本史探究」コースが用意され、2年間連続パッケージの履修形態が用意されることは目に見えています。「地理総合」は、「地理総合+地理探究」コース(基本理系に設置)と、「地理総合完結コース」(基本文系に設置)となり、理系の歴史総合、文系の地理総合は、2単位完結の教養科目(という名の教師の趣味科目)になる可能性が目に見えています。場合によっては、「近現代史を中心に学ぶ」という、歴史総合の基本理念も骨抜きにされ、旧世界史B・日本史Bの内容を古代から2年間かけて履修させて受験に備えるというスタイル(実際に、そうしたくて仕方ない先生がたくさんいますし、そうなるだろうという観測が持たれています)になる可能性があります。また、「文系は、地理で受験できない」「文系には地理を置かない」という悪しき伝統(といってもここ20年ぐらいですが)が改善されることなく、若い地理プロパー教員の慢性的な不足も改善されな悪循環は続いていくと思われます。

 なぜ「歴史総合」を入試科目に入れよという提言がなされるのか、なぜ「世界史探究」「日本史探究」とセットで入試問題を作れという提言がなされるのか、これは大学の先生側の事情というか本音が色濃く反映されているのではないかと思われます。仮に「世界史探究」「日本史探究」のみで入試問題を作れとなると、額面上は「近現代史」を扱えないということになります。ただ、新学習指導要領を見る限り、「日本史探究」「世界史探究」で近現代史を扱ってはいかんということは別に書いていません(近現代史に関する単元設定もされています)。「暗記偏重」の歴史教育、日本史・世界史のセクト主義から一線を画した融合型の必修科目として鳴り物入りで立ち上げた「歴史総合」を受験に組み込め、しかも「世界史探究」「日本史探究」とセットで出題せよという提言には矛盾を感じますし、蛇が自らの尾を食べているように見えてなりません。

 今回の「提言」は、法的拘束力はありませんが、これからの教育政策に一定の影響を与えることは間違いありません。
 ただ、現場を含めた議論の余地は十分にあるものと思われます。正直、「これで今までどおりの授業ができる」と安堵している高校教員も少なくないでしょうし、言い方は悪いですが、現場の「骨抜き」策にお墨付きが与えられたと捉えられても仕方ありません。最後にちょこっと「地理総合と地理探究も一緒の入試に」と書かれていますが、地理教育の側からするとなんとも迷惑な提言ですし、「地理教育分科会」の総意を踏まえた発言とは思えません。

 入試に関して言うならば、センター試験(に代わる統一試験)では、「歴史総合」と「地理総合」「日本史探究」「世界史探究」「地理探究」別々に試験問題を作るべきだと思います(現行のA科目・B科目のように)。「総合+探究」のセット科目で入試が設定されると、実業校や総合学科高校のように、必修の総合科目しか履修しないことを前提としているような学校の生徒が締め出されてしまいます。近年、実業高校から大学進学を目指す生徒が増えつつあります。多くは推薦入試ですが、推薦入試に課せられる「学びの基礎診断」試験(現行は英・数・国を予定)に社会や理科が入ってくることを想定すると、「総合」は単体で試験を作るべきだと思います。むしろ学術会議が提言してきた「知識偏重に縛られない新しい入試問題」のスタイルは、「総合」の問題の中で存分に試されるべきではないでしょうか?

 この点については、一足先に「基礎科目」と「発展科目」に分けられて、それぞれの科目でセンター試験の問題を作っている「理科」が参考になります。
(大学受験「パスナビ」2016/4/13)
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 新学習指導要領の実施までまだ2年以上あります。
 ちょっと「はあ、そうですか」と流せない問題を多く含んだ提言です。
 現場の教員が参加できる形で議論できる場を設けていただくことを願います。

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2018年03月25日

「地理本」の書棚を広げよう!

 3月23日、日本地理学会(東京学芸大学)の午後に行われた「地理学のアウトリーチ研究会」に出ました。話題提供に、拙著、『地図化すると世の中が見えてくる』の編集担当をしていただいた(現在制作中のシリーズ2作目も手掛けて頂いています)ベレ出版の森岳人さんが、「出版業界から見た地理学のアウトリーチ」と題して、書籍販売の現状と、地理関係の書籍の取り扱いの現状に(本屋さんではなかなかスペースを取ってもらえない)について、データを基にお話頂きました。詳細については、近日発行される日本地理学会の電子ジャーナル、「e-Journal GEO」に掲載される予定です。

 歴史の本や、ビジネス書、最近では「地政学」の本はスペースを取っているものの、「地理の本」はなかなか場所を得ていません。自分が通勤の途中によく寄る駅中の本屋さんには、地理の本は常時2,3冊(歴史の棚の隅っこの方にほんの少し)あるだけです。自分の本を本屋さんで見つけるのは、よほど大きな街の、大きな本屋さんぐらいです(残念ながら、静岡でも見かけません)。「どうせ本はAmazonとかで買うからいいや」という方も多いのかもしれませんが、本屋さんの醍醐味は偶然の出会いです。「へぇー、こんな本があるんだ」と手に取って、なんとなく衝動買いする。面白いから、その著者の関連本を探してみるといった楽しみがあるから、ネット全盛の時代にも本屋さんに行かれると思いますし、書店員さんも「この本を仕掛けたい」思って棚作りをされると思います。

 そのあたりの事情については、大ヒット作となった「書店ガール」シリーズが詳しいです。

そんな中、拙著の版元であるベレ出版さんが出している書店員さん向けのニューズレターの今月号で、「地理本フェア」特集がされているのを見つけました。手書きで書かれていて、紹介されている本も多岐にわたっていてすごく参考になったので紹介します。
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 このニューズレターにも書いてある通り、地理関係の本や教科書をたくさん出している4つの出版社(ベレ出版・帝国書院・山川出版・二宮書店)が合同で、「地理本フェア」を仕掛けています。大手の書店で行われる事が多いようですが、とにかく「地理」に関係する本がずらっと並ぶと壮観なものです。
 写真は、ベレ出版のTwitterに載っていた、三省堂神保町店でのフェアの模様です。
 既に並べる本のリストがパッケージになっていて(大と小があるらしいです)、注文一つでsぐにフェアが出来るようになっているそうです。地方の書店でも是非やって欲しいものです
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 地理本のスペースを広げて行くためには、出版社さんや本屋さんの努力も大事ですが、私たち
業界の人間も頑張らなければいけません。まずは買い支えることですし、「この本は面白い!」という情報をどんどん発信して、書店員さんに「なんか最近、地理の本は売れてるな?」と思ってもらうことが何より重要です。ネットであれリアル店舗であれ、本の売れ行きについては取次や書店は常にチェックしていますから、波を起こすことが大事です。
 そんな中で、個人でWeb上に「お勧めの書棚」を作れるサイトがありますので紹介します。
よくある「書評サイト」とは一味違う、本棚を見せるのが特徴です。
 〇ホンシェルジュ(https://honcierge.jp/

このサイトを使って、以前、拙著が出たばかりの頃に関連本を並べた本棚を作りました。
(画像をクリックするとリンクします)
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 間もなく新学期です。
 慣れない「地理」を持つことになってしまったという先生、「改めて地理の最新知識を仕入れたいな」という先生、そして「地理で面白そうな本は何かないだろうか?」という皆様、ぜひ地理本を手に取ってみて頂ければと思います。本屋さんに「地理本コーナー」がある程度の広さで常設され、旬の本が常に入れ替わりして行くのが理想ですが、それがかなわない今、まずはこうしたブックリストから波を起こしていければと思います。

 最後に、再重版がかかったばかりの拙著へのリンクをば。
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2018年02月18日

新学習指導要領へのパブリック・コメント

 すでにあちこちで話題になっていますが、2022年度高校入学生(現:小学校5年生)から実施される新しい高等学校学習指導要領の案が公開されました。3月15日まで、「パブリック・コメント」を募集しています。

 仕事が仕事なので、とにもかくにもこの通りにやっていくわけで、個人的にはやっと地理が必修に戻ったという事でやる気に満ちてはいます。特に新必修科目「地理総合」は、ここまで思い切って変えましたか!というくらい、シンプルかつ中身の濃いものになっていますので、今までになかった面白い実践がどんどん生まれてくるように思います。
 ただ、中身がいくら充実しているからと言っても、実際にそれを動かすのは現場の教員です。現場の教員が新しい指導要領の趣旨を理解していなかったり、非難(避難?)を決め込んで骨抜きにされてしまっては元も子もありません。いくつか懸念される事がありますので、パブリック・コメントに書かせてもらいました。以下、備忘録を兼ねて転載します。

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   静岡県の高等学校(県立裾野高等学校)で地理歴史・公民を担当している教員です。
 新必修科目、「地理総合」「歴史総合」の目的および教育方法の周知徹底のために、二点、コメントを述べさせていただきます。

(1)移行措置期間における先行実施の推進
 「移行措置」期間において、教育課程上実施しやすい学校(例えば、2単位の「地理A」、「世界史A」「日本史A」を置いている実業校、総合学科校等で、これらの科目に代えて「地理総合」「歴史総合」の設置と履修を認める措置をとっていただきたいと思います。
 長らく「地理A」および「地理B」は必修科目から外れ、特に進学校で文系に所属していた教員は、高校で地理を履修していない人が多くいます。2022年度から一斉に必修化されると、開講単位数が一気に増える一方で、地理の履修経験、指導経験に乏しい教員が、アクティブ・ラーニングを軸に置いた全く新しい地理教育に携わることになります。既に日本学術会議(地理教育分科会)や地理関係の学会では、この問題について議論が行われていますが、先行実施校を置いた上で、地理を専門とする教員が教材開発やカリキュラムデザインを進めて行くことが必要かと思われます。

(2)「抜け道」を避けるための対策と指導徹底
 今回の改定案を受けて、新たな取り組みに燃える現場の教員も多くいる一方で、今までの指導とは全く異なる内容に当惑している教員も少なくありません。ただ、「地理総合」&「地理探究」、「歴史総合」&「日本史・世界史探究」が合わせて6単位であることから、特に進学校に置いて、従来の「B科目」と同じように、連続履修の形を取ればよいという議論も多々見受けられます。すなわち、地理ならば高校2年次に「地理総合」(中身は従来型の系統地理の講義)、高校3年次に「地理探究」(中身は地誌と問題演習)の形に、「歴史総合」を゛世界史コース”と”日本史コース”に最初から分けて、2年次に近代史、3年次に古代・中世の講義を行うというものです。これでは、新指導要領の趣旨とは全くかけ離れた旧来型の知識伝達教育が繰り返されます。また、場合によっては「地理総合」の時間ですら、「歴史を踏まえた地域の探求」と称して、歴史学習の時間に充てるべきだという意見も、歴史教育関係の公的な研究会で出されていたという話を耳にしています。
 「未履修問題」という苦い経験を経ているにも拘らず、「現場の論理」「受験に対応した」「子供たちのために」という論理で、折角の新指導要領が骨抜きになってしまいかねないことを懸念しています。また、そうした教育慣行を教育委員会も黙認している風潮も改まらない状況が続いています。
 今後、各教育委員会経由で現場への周知のための研修等が行われて行きますが、丁寧な趣旨の伝達と、「抜け道」を作らせないための指導徹底をお願いしたい所存です。
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2018年02月03日

地理教員の山村留学・・・近未来の若手育成を考える

 ちょっと気になるニュースを紹介してもらいましたので、備忘録を兼ねて書きます。

以下、引用
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選択科目の教師を独自採用(NHK島根)2018.2.2


  島根県は中山間地域や離島の一部の公立高校で、教員不足のため現在は行われていない地理や美術といった選択科目について、県独自の予算で教員を増やして授業を行う方針を固めました。
  県立高校の教職員の定数は国の法律で生徒数に基づいて定められているため、島根県の中山間地域や離島では生徒数が減るに伴って教員を十分に確保できず、選択科目のうち地理や美術の授業が行われていない高校があります。
   一方で、中山間地域や離島の公立高校では「しまね留学」として県外からの入学者を受け入れているところもあり、島根県はこうした高校の教育の充実を図るため、県単独の予算で教員を増やす方針を固めました。
   具体的には「地理」と「美術」の科目を教える教員、あわせて6人を採用する方針です。
   一方、島根県は、県立高校の教員の負担軽減に向けて事務作業を行う非常勤職員を新たに配置するほか、生徒の判断力などを養うアクティブラーニング型の授業に必要なICT環境の整備などもあわせて行う方針です。島根県はこれらにかかる人件費など、あわせて1億2000万円あまりを新年度予算案に盛り込み、2月19日に開会する2月県議会に提出する予定です。
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 隠岐島(→記事)の特色ある実践や、中山間地域の振興、過疎地の倉庫を活用したネット古書店「エコカレッジ」(→紹介記事)など、何かと「おー、そう来るかー」という取り組みが行われている島根県の教育シーンですが、今度はこう来たようです。
 過疎地の悩みの一つとして、教員が少なく、一人の教員が多くの科目を担当すること。中学校では「免許外担当」が当たり前ですし、高校では「専門外の科目は最初から開講しない」なんてことが当たり前です(過疎地に限ったことではないかもしれませんが)。また、教員の構成も管理職以外はみんな20代、30代のような事もありますし、偏差値レベルも決して高くありません。大学以上に進学したい子は都市部の高校に遠距離通学、あるいは高校から下宿して通い、地元に残る生徒はそれがかなわない子という図式も定着しています。少子化が進む中で、高校の存続自体が危うくなっており、他県を含めた広域で越境入学を促しているところが多いのが実情です。

 そのような中で、あえて「地理」と「美術」と具体的な教科、科目を打ち出して独自の採用枠を設けた島根県の政策は注目したいところです。マイナー科目で過疎地では特に非常勤講師の確保が難しいこと、2022年から高校で「地理総合」が必修化されることを意識して
地理を教えられる教員を確保しておきたいことなど、背景は色々と察することが出来ます。 
  ただ、「君は過疎地枠で採用されたんだから、基本的に過疎地を回ってもらうよ」という人事が果たして成り立つのか、あるいは公立高校ながら「新規採用から退職まで、ずーっとこの学校ね」なんてことが成り立つのか(それでよいのか?)、その枠を目がけてちゃんと人が集まるのか等、ちょっと疑問を感じるところがあります。もともとその土地の生まれで、そこに住みたいという人ならともあれ、教員のライフステージの変化の中で、事情も変わってくる可能性があります。また、限られた予算の枠の中で正教員を増やすといってもせいぜい2,3人が限界だと思いますし、県の税収自体が減っていく中で、「過疎地枠採用」がどこまで続くかは見えません。

 一案として、「過疎地枠」の採用枠を有期雇用(常勤講師)として、3年間限定の採用とするのはどうかと思います。「地域おこし協力隊」を参考に、過疎地への教員としての赴任を前提に、給与と住居を保証するものです。慶應義塾大学(SFC)が始める地域おこし研究員地域おこし協力隊の活動をしながら大学院の政策・メディア研究科の大学院生として修士号の取得を目指す)のように、教職大学院と組んで修士号の取得を目指すコースを作ってもいいのではないかと思います。

 地理教員の学びは、何と言っても地域にあります。フィールドに出て、人と関わりながら理論と実際をつなぎ、教材を作っていくことで、教師としての幅が広がります。ただ、残念なことに、若いうちはフィールド云々いう前に、雑務が多すぎてとてもそんなことは出来ないのが実情です。
 田舎の小さな学校が楽かというと決してそんなことはありませんし、むしろ少ない人員で一人で何役もこなしたり、若くしてチームリーダー(学年主任や課長)をしなければなりません。そうした先生がいる一方で、゛3年限定のインターン”として、特定のミッションを持った若い先生が入れ替わり立ち代わり来るような環境があってもいいように思います。ちょうどALT(英語の授業を補佐するネイティブ外国人。原則2年交代)みたいなものです。
 早稲田大学の学生さんが、1年間休学して島根県津和野町に「地域おこし協力隊」として
派遣され、町営英語塾や地元の高校の活性化に取り組んだケースが紹介されています。
(→記事)彼は1年間のミッションでしたが、色々なところにニーズはあると思います。

 大学を出て、教職に就きたい学生の受け皿として(卒業した大学のある街や地元で1年更新の非正規雇用を続けながら正採用を目指すよりは、はるかにいい条件だと思います)、若手教員のスキルアップの場として(休職あるいは出向という形で)、定年退職者の再任用手段の一つとして、「期間限定であえて過疎地に飛び込む」という選択肢を用意することで、全国から優秀な人材を集められるのではないかと思います
 教職大学院と連携して修士号をというアイデアを書きましたが、教員免許の臨時免許は最大3年間有効ですので、教員免許を持たない社会人に臨時免許を発行し、通信制大学院に通って正規免許を取ってもらうという方法もあると思います。そうすれば、企業を退職して一念発起で教員になりたい」という人に生活の場と実践の場を提供する機会になると思います。
 過疎地の高校では、寮を併設するなどして県外からの越境入学者を積極的に集めています。少人数教育、自然に囲まれた環境、人間関係のリセット等、動機は様々かと思いますが、教員もまた越境募集の仕組みを整えることで多彩な人材が集まる、魅力的な学校になるのではないかと思います。制度だけでなく、最新鋭のICT環境や予算の決裁権(特に外に出る交通費)を与えて、成果を外へ発信するための支援も必要でしょう。

 予算には限りがあります。単純に「枠を作って人を増やして送ったからOK」という訳にも行かないと思います。どう活用するか、効果をどう検証するか、島根県の取り組みは、全国の過疎地の高校教育を活性化させる上でのヒントになるように思います。議会での議論、
来年度の取り組みに注目して行きたいところです。




posted by いとちり at 14:38| Comment(0) | いとちりのコンセプト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする