昨年から末席に加えてもらっている、日本学術会議のシンポジウムが来週あります。
次の学習指導要領(高校では、完全実施が2022年度入学生より)に関する話なので、相当先のことではありますが、ちょうど自分の子供がかかわるかどうかという頃になります。
内容は、同会議が進めてきた地理・歴史の基礎科目の設置の有用性を確認し、それに逆行する(?)形でほぼ本決まりになりつつある、与党・文科省の日本史必修を軸とした新カリキュラム案に抗する(と、私は理解しています)ものです。更に意訳すると、業界の悲願である地理・再必修化の旗を掲げ、
東京都のように、日本史必修を押し付けて地理を絶滅に追いやるような悪しき風潮に、断固として立ち向かう・・・・ように位置づけている方もいらっしゃいます。
非難するわけではないですが、どうもここのところ、地理教育界(特に、研究者の皆様)ではこうした「イデオロギー闘争」のような議論が続いておりまして、どうも違和感を感じています。日本史必修化を阻止したり、地理基礎、歴史基礎といった新科目を置いて限られた時間内での必修化を成し遂げられるかについては、そうとう雲行きが怪しいというのが正直な感想です。どっかの予備校の先生じゃないですが、
勝てるのか?無理でしょう。
という心境です。
そもそも、「日本史必修」は阻止すべきことなのでしょうか?「世界史必修」は、終わらせるべきものなのでしょうか?「地理屋のロジック」に染まっていると、不毛な戦いに足を突っ込みかねません。
つい2年ほど前まで、私自身、地理屋のロジックにどっぷりつかり、上記の議論に何の違和感も感じなかったのですが、総合学科の学校に転勤し、A科目を中心に「日・地・世・公全部やる」体制になってみると、随分考え方が変わってきました。このブログでもちょいちょい書いているように、「全部取ることができる」環境は、現行の指導要領下でも十分に実現可能です(実際、現任校ではそれが実現しています)し、むしろそれを阻止しているのは文科省でもなく与党でもなく、現場の教員のロジック(我がまま)であることを十分認識するべきだと思います。
ちょっとテクニカルな話になりますので、教員の方以外には見慣れない話になりますが・・・・。
高校の地歴科(旧社会科)には、A科目(標準履修単位2単位=週2時間、年35週で70時間)と、B科目(標準履修単位4単位=週4時間 年35週で140時間)があります。A科目は実業校等で履修することが多いですが、内容がB科目の半分に薄められているというものではなく、日本史ならば幕末以後、地理ならば地誌中心というように、扱う内容を切り分けることで「高校レベルの地歴」教育を施すように工夫がされています。各学校は、それを基にカリキュラムを組み、基本的に世界史(AorB)を必修、日本史・地理を選択履修(どちらかひとつとはどこにも書いておらず、両方とっても可)となっています。更に、標準単位数とは違う時間数(例えば、B科目なのに週3時間=減単申請、A科目を週3時間=増単申請)を各教育委員会に行って許可を得ますが、基本的に「1/2以内、2倍以内」となっています。「以内」ですから、
2倍とか、2.5倍とか、基本的に許されないわけです。あと、その科目は「当該学年内に履修完了」が原則です。
しかし、実際のところ、進学校のB科目を中心に、この原則は公然と破られています。例えば、2年生で「日本史B」を取った生徒は、2年次に4単位(あるいは5単位)履修し、当然のごとく3年生になっても4単位ないし5単位を履修します。世界史、地理もまた同様です。世界史必修で世界史Bを4単位履修し、
日本史を8単位履修したら、2年で12単位になります。もし、「4単位、1年履修」の原則に忠実になれば、世界史B、地理B、日本史Bすべて履修しても12単位です。
「いやいや、それは理想論だよ。そんなんで受験に対応できるわけないじゃないか」とか、「あんたは地理の人間だからそういうこと言えるだろうけど、地理を教えられる人間はそんなにいないんだから」
といった現場の論理(悪く言うと、”わがまま”)と、それを黙認してきた教育委員会のチェックシステムにより、「日本史を採ったら地理は勉強できない」「最初から選択肢はない」(文系=日本史、理系=地理)のようなゆがんだカリキュラムが20年近く放置されているのです。
ひところ、「未履修問題」が話題になりましたが、この「超過履修単位」問題は話題にこそなりませんが、学習指導要領違反といえば違反です。しかも、それだけ多くの時間数を確保しておきながら、「教科書が終わりません」なんて泣き言をいう人が出てくる始末。これでは「地歴教育の未来」もなにもありません。
私自身は、新科目の設置を云々言う前に、まずこのゆがんだ「常識」を何とかするべきだと思います。
標準4単位の履修を徹底する、時間が足りないのならば、「日本史演習」のような、学校設定科目を(標準単位の1/2を上限に設置し、他科目との選択を制限しない、すべての学校に日本史・世界史・地理を開講し、「すべて選択する」選択肢を保証する(免許は「地理歴史科」なので、基本的に「できない」という言い訳は成り立ちません)、免許更新等の機会を利用して、専門外科目のリカレント教育の機会を確保するといった手立てを講ずるべきです。少なくとも、私たちが高校生だった頃は「全部履修する」のが基本だったわけですから、何も新しいことをしようとしているわけではないのです。
全員必修の「基礎」科目を作るという一つの方法論の下、実に丁寧な実証実験をされてきた関係者の方々には敬意を表したいと思います。その成果と課題は、じっくりと拝聴したいと思います。ただ、報道や各種資料を見る限り、「基礎科目」の設置が世論を巻き込んだ多数意見になるとは思えません。それを踏まえて、「次の一手」(「日本史必修・世界史/地理選択履修」が最も有力と見ています)を考えていくべきではないかと思います。
学術会議が提案する「地理基礎・歴史基礎」は、長い時間の議論と、実証実験を経てどのような成果が上がったのか、課題は何なのか、広く普及する可能性はあるのか、前半の報告にじっくりと耳を傾けたいと思います。その上で、シンポの「自由討論」の場で、このような趣旨の発言をしようと思っています。
お時間が許せば、ぜひご参加ください。