2020年02月24日

必修高校地理は「もう暗記科目ではない」のか?

1年近く前の記事になりますが、明治大学の経営学部で教鞭を執られている地理学者、中沢高志先生が、大学のサイトで高校地理の新必修科目についてわかりやすくコメントをされています。内容をあげつらうつもりはないのですが、高校の新必修科目「地理総合」をめぐる「学界」と「現場」の乖離を端的に表しているとおもわれる記事なので、紹介がてら取り上げさせていただきます。

高校で必修となる「地理」は、もう暗記教科ではない楽しさがある
(Meiji.net 2019年3月27日)


 タイトルを見て、「ん?」と思われた方は、多分高校で地理を履修したか、現に教えている方だと思います。というのは、「地理は暗記ではない」「歴史のように、覚えたことをそのまま問うて点数を稼ぐような科目ではない」「地理は論理的な科目だ。だから理系に向いているんだ」といった言葉(自負)は、担当の先生からさんざん聞かされてきたと思いますし、実際そういう気概を持って教えているんだという先生は沢山いると思います。逆に「さあ、地名テストをするぞ」とか、「山脈や鉱山を覚えるぞ」ということを嬉々としてやるような先生は、どこか古くさい感じがしたかと思いますし、先生によっては「そういう暗記は中学校の地理だ」と割り切り、「最近の中学校はろくに覚えさせていないから困る」と嘆いていたかと思います。
 では、中学校で基本的な地名や知識が身についていない生徒を相手に高校の先生は何をしてきたかというと、「地理的な見方・考え方」を伝え、「地誌」よりも「系統地理」なるテーマ別のデータの見方などを中心に教えてきました。いわゆる「地名物産の地理」(戦前の地理教育をくさすときによく使う業界用語)というよりも、「センター試験」で正答を導き出すための「定石」のようなものを一生懸命教えてきたわけです。一方、受験に関係のない学校では「教養の地理」と称して、これはこれで教科書とかけ離れた、よく言えば先生の思いのこもった、悪く言えば我流の、旅自慢や国調べみたいな学習がまかり通って来たわけです。両極端なやり方を上の世代から引き継いで、それなりに軌道修正してきましたが、はっきり言えることとしては、世間一般の皆様が考えている「地名や地域の特徴を覚える」ような地理は、高校ではごく少数でした。

 必修の「地理」が誕生するにあたり、当初は「地理基礎」という名前でした。高校生が全員学ぶにあたって最低限のベーシックな知識と概念を中学校の学習の上に積み上げ、その上で選択科目として従来の地理の教科書のような学習に移行するというものです。それが、学界が考える「理想の地理教育」を全員にやってもらおうという中で、「基礎」が「総合」となりました。最新の地理情報の取り扱いを全員にということで、地理情報システム(GIS)が入り、国と国との関連性、時事的な話題をということで国際理解教育や持続可能な開発(ESD)が、自然環境と防災も大事だということで、防災教育が柱となりました。このあたりの内容については、以前二宮書店の連載新シリーズの冒頭に書いたとおりです(→いとちり2019年5月12日)

2022年度から高校で必修化される「地理」は、従来の「地理」とは異なるものになります。

と先生は明言されていますが、悪い意味で異なってしまわないか、大いに懸念しています。

>「地理」を学ぶことによって、行ったことがないところに対しても想像力を働かせられるようになるから
です。
>空間軸を超えることによって私たちは外に開かれた視点を持つことができるようになります。

 いえ、正直申し上げて、「空間軸」や「時間軸」を持たない(持っているかどうかを確認しない)まま、とにかく情報をインプットして、「こう処理すればこういう解答が得られる」ということばかりしてきたから、「地理」という科目自体がマイナー化してしまったのではないかと考えます。

 今、自分たちが学ぼうとしているところはどういう場所なのか、そのために最低限知っておかなければならない知識は何なのか、そのあたりの基礎工事のないまま、理論を積み上げたところで何の成果も上がりません。特にその傾向が顕著に表れているのが、「日本地理」分野の扱いです。これは、次の次の学習指導要領に向けて考えていかなければならないテーマだと思いますが、今の地理の教科書での日本地理の扱いはあまりにも薄いです。系統地理のラストに「日本の○○」が出てくる程度、「日本地誌」に関しては、ほとんどありません。

 今学期扱ってきた単元(地理Aの「日本の自然環境と防災」でちょっと例をあげてみましょう。
 わりとおなじみの図です。この図を使って授業でどんなことを伝えたらいいでしょうか。また、テストでどんなことを問いますか?
zu1.png
「日本の川は、欧米に比べて勾配が急だ」
それは、別に地理を習っていなくてもわかることです。
川の名前を伏せて、該当する川の名前を答えさせる・・・いかにも「センター地理」的ですね。
これらの川を地図帳で確認させ、河口の街、河港の街をチェックさせ、川と人の関わり、およびその変化を
紹介する・・・そうなると「日本地誌」です。

常願寺川の河口には富山市があります・・・水力発電です。アルミです。YKKです。
利根川の河口には銚子市があります・・・・醤油です。キッコーマンです。
信濃川の河口には新潟市が、木曽川の河口には桑名市があります。

 世界の大河川から見ればまるで「滝のような」日本の川も、近代までは大事な輸送手段だったわけで、それが鉄道や道路の発達とともに転換してきました。また、日本に電力が浸透する中で、大きな役割を果たしたのが水力発電所とそれを取り仕切るローカルな「電灯会社」でした(地域独占の大電力会社に統合されたのは戦中の統制経済の産物)。今、再生可能エネルギーやスマートグリッドの流れの中で、小規模な発電所や地域電力会社が注目されていますが、そうしたお話に入る以前の入り口として、「日本の主な川と河口の都市」ぐらいは、ドリルの1つや2つやってもそうロスにはならないと思うのですが、何かそのあたり、意図的に回避してきたような気がしてなりません。

 古いデータになりますが(これ以降出ていないのでこれを使っていますが)、日本地理学会が高校生を相手に取ったアンケートで、「宮崎県」の位置を言える生徒、「イラク」という国を地図上で示せる生徒が、地理を履修している生徒でも、それぞれ41.1%、27.7%という衝撃的な事実があります(詳しくは「いとちり」2008年3月21日)。当時の見解では、「地理を学んでいない子よりも地理を学んだ子の方が成績がよかった」と高校で地理を学ぶ有意性を強調していますが、これではダメです。「土台」が全くできていない上にいくら高尚なことを重ねても全く意味がないと思うのです。

 「もう暗記科目ではない楽しさ」・・・いえ、そうではありません。
 「楽しさ」を感じるためには、一定の暗記が必要です。暗記を避け、覚えていないという現実に背を向けたまま、むやみやたらに「課題」やら「問題」を提起して考えさせようとするから「楽しくない」のです。
 何を覚えるべきかがはっきりしていて、目標を立てて達成できれば充実感が得られます。頑張って覚えたことが試験に出て、点数がとれれば自身になります。「地理は得意だ」というベースができて初めて世界の事象や日本の課題に目が行きます。これは、受験にはほとんど関係ないと言われている学校で7年、「地理A」を教科書準拠で教えてきて、実感込めて言えることです。

 高校の授業を担当するのは学者さんではありません。ただ、これまで「地理」への関わりの薄かった先生が必修化に合わせて新科目を担当する際は、かなり面食らうことになると思います。そのときに、「いやいや先生、地理は歴史と違って暗記じゃないんですよ・・・」とか、「ほーら、暗記に頼らずに生徒を引きつけるのは難しいでしょう。地理ってのは特別な科目なんですから」なんていう人が大きい顔をしていたら、必修地理は10年(学習指導要領の更新年数)で失敗するでしょう。私も、日本史も世界史も担当していますが、地理以上に「何を覚えるべきか」や「覚え方」がはっきりしていて、覚えた上で知識同士がつながることで開眼する楽しさを歴史の先生はよく心得てらっしゃいます。そうしたバックグラウンドを持っている方々と上手に渡り合っていくことも、真の「地理プロパー」として求められる資質だと思います。

「もう暗記科目でない」という表現にかみつく形になりましたが、カウントダウンが進む中、新学習指導要領について頭を巡らせて行くことも大事かと思い、コメントしてみました。



posted by いとちり at 13:58| Comment(0) | いとちりのコンセプト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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