2019年11月24日

「歴史総合」が骨抜きに?(日本学術会議の提言を批判する)

 11月22日、「学者の国会」(学習指導要領や国の教育政策に影響力を持つ会議)である日本学術会議の「史学委員会中高大歴史教育に関する分科会」が報告書を発表し、記者会見を開きました(⇒報告書の全文はこちらからダウンロードできます)。要旨は教育新聞(Web版:2019年11月22日付)で報じています。地理教育にも関わる大事な提言ですが、非常に多くの問題点を含んでいますので、批判的に紹介したいと思います。
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 タイトルは「歴史的思考力を育てる大学入試のあり方について」とし、新学習指導要領(2022年度高校入学生から実施)の大学入試に対するものです。ご存じのように、新学習指導要領では、地理の必修が復活し、すべての高校生が2単位の「地理総合」という新科目と、日本史・世界史の近現代史部分を融合させた「歴史総合」という科目を学びます。その後、従来の地歴科目をベースにした「地理探究」「日本史探究」「世界史探究」という3単位の科目のうち、1つ以上を選択履修します。

 提言に関わった委員は、一橋大学の若尾政希教授を委員長とする16名。すべて大学教授で、高校関係者はいません(委員名簿はこちら。私は以前、日本学術会議の地域研究委員会地理教育分科会に出させてもらっていましたので、どんな雰囲気で議論がなされているか想像できます(現在も、地理教育分科会には、高校教諭・中学校教諭の委員がいらっしゃいます)。もっとも、必要に応じて現職の教員を呼んで意見を述べてもらったりしているので、委員に現場の教員がいないからどうだこうだいうつもりはないですが、少なくとも大学の先生が中心となって議論され、出された提言という前提で読んでいただきたいと思います。

 さて、中身を見てみましょう。

(1)作成の背景と提言の目的(色を変えてあるところは原文の引用)

@2006年の「高校世界史未履修問題」に端を発する高校歴史改革の必要性から、日本学術会議では2011年と2014年に提言を出した。
Aその内容は、「暗記偏重」からの脱却と、「日本史」「世界史」を融合させた新科目(当時の呼称は「歴史基礎」)の設立の必要性である。
Bこの提言は、文部科学省の学習指導要領改訂にも反映され、2015年に「歴史総合」という名の新科目の必修化が決まった。
C日本学術会議では、これを受けて2016年に提言「「歴史総合」に期待されるもの」を出し、新教科のあるべき姿を提示した。そこで強調したのは、、「世界史」か「日本史」かの二者択一ではなく、グローバルな視野の中で現代世界とその中における日本の過去と現在、そして未来を主体的・総合的に考えることを可能にする歴史教育である。また、授業の進め方については、「主題学習を重視」「近現代を中心に」「世界と日本の歴史を結び付け」「能動的に歴史を学ぶ力を身につける」など、提言で述べた内容が反映されている。
C並行して、「大学入試改革」が進められているが、大学入試に論点を絞り、新学習指導要領のねらいを充分に実現するため、「歴史総合」新設の意義を念頭に、「日本史探究」「世界史探究」との関係を踏まえつつ、大学入学共通3テスト、及び各大学の個別試験の出題科目と出題形式を中心に、その考え方と具体例を示すことが、今回の提言の目的である。

 学術会議の議論と提言が、新学習指導要領での歴史教育改革をリードしたと自負した上で、新しい歴史科目を学んだ生徒達が受験する大学入試の在り方について具体的な指針を示すとのことです。


(2)現状・問題点
@世界史「未履修」は駆逐されたものの、2単位ものの世界史(世界史A扱い:内容は近現代史中心)を履修させ、内容は世界史Bの前半部分で終わってしまう学校が後を絶たない=入試には使えない
Aセンター試験をはじめ、大学入試は知識偏重から脱却しておらず、「歴史=暗記科目」という認識から脱していない。
B以上を踏まえると、
 今回の歴史教育改革を成功させるために大学入試改革で重要な点は、1)新科目を定着させるような入試科目の設定、2)歴史的思考力を重視するような形式と内容の問題の出題、とりわけ多くの受験生が受ける大学入学共通テストにおいてこの2つの点を実現することであるといえる。

 ごもっともな指摘です。私は、現任校で着任以来、「世界史」を週3時間で担当していますが、確かにこの提言が言うように、「世界史B」を頭からやって、前半部分(ルネサンスあたり)で終えて、それ以後は選択科目で履修した生徒だけが学ぶ状態が続いていました(現在は、「世界史A」を3単位必修にして、全員が近現代史を学んでいます)。
 大学入試が知識偏重、確かにそうだと思います。思考力重視の新科目に対応した新しいテストのありかたを考えることは重要です。
 さて、「あれ?」というのはここからです。

(3)改善のための方向性

@「歴史総合」を大学入試の歴史系科目に必ず組み込む
 具体的には、大学入学共通テストの歴史系科目は「歴史総合・日本史探究」および「歴史総合・世界史探究」とする。

 歴史系の入試科目は「歴史総合・日本史探究」および「歴史総合・世界史探究」とすべきである。新しい必修科目を大学入試の出題科目として、確実に高校生が必修科目を学習するようにする。すなわち大学入学共通テストでは、地歴科の入試科目は、「歴史総合・日本史探究」「歴史総合・世界史探究」「地理総合・地理探究」とする。各大学の入試科目も
同様に、必修科目を入試科目に取り入れる。

A 歴史的思考力を評価する試験問題を、形式・内容の両面から研究・開発し、新テストをはじめとする各種の大学入学者選抜で実施する。
B現在のセンター試験の問題点を、大学入学共通テストでは改善する。

 特に問題視したいのは@の部分です。

 一見、当たり前のことを述べているに過ぎないように思えますが、これまでの議論の経緯、高校歴史教育改革の流れをわざわざ書いているにもかかわらず、この提言は矛盾しているように見えてなりません。
 そもそも、「日本史」と「世界史」の棲み分け(大学の研究者はもとより、高校の担当教員を含む)の下で、近現代史の学習や、世界史の学習が疎かになりがちだったこと、「世界史未履修」が公然と行われてきたことに対する反省から生まれた改革です。すべての高校生が日本史・世界史の壁を取り払った近現代史中心の科目をまず必修で学び、その上で日本史なり世界史なりの探究科目(旧来のB科目)を学ぶ流れが作られた訳です。1年生、2年生のうちから「私は日本史」「私は世界史」とならずにとにかく幅広い視野の中で歴史を学ばせたい、知識偏重ではなく、史料を基に考えたり、地図やグラフを読む(必修となる「地理総合』で身に付けたスキルも生かしながら)学んでいく訳です。

 それが、「歴史総合」+「探究科目」の入試セットとなったらどうなるでしょうか?恐らく、科目選択時に「歴史総合+世界史探究」コースと、「歴史総合+日本史探究」コースが用意され、2年間連続パッケージの履修形態が用意されることは目に見えています。「地理総合」は、「地理総合+地理探究」コース(基本理系に設置)と、「地理総合完結コース」(基本文系に設置)となり、理系の歴史総合、文系の地理総合は、2単位完結の教養科目(という名の教師の趣味科目)になる可能性が目に見えています。場合によっては、「近現代史を中心に学ぶ」という、歴史総合の基本理念も骨抜きにされ、旧世界史B・日本史Bの内容を古代から2年間かけて履修させて受験に備えるというスタイル(実際に、そうしたくて仕方ない先生がたくさんいますし、そうなるだろうという観測が持たれています)になる可能性があります。また、「文系は、地理で受験できない」「文系には地理を置かない」という悪しき伝統(といってもここ20年ぐらいですが)が改善されることなく、若い地理プロパー教員の慢性的な不足も改善されな悪循環は続いていくと思われます。

 なぜ「歴史総合」を入試科目に入れよという提言がなされるのか、なぜ「世界史探究」「日本史探究」とセットで入試問題を作れという提言がなされるのか、これは大学の先生側の事情というか本音が色濃く反映されているのではないかと思われます。仮に「世界史探究」「日本史探究」のみで入試問題を作れとなると、額面上は「近現代史」を扱えないということになります。ただ、新学習指導要領を見る限り、「日本史探究」「世界史探究」で近現代史を扱ってはいかんということは別に書いていません(近現代史に関する単元設定もされています)。「暗記偏重」の歴史教育、日本史・世界史のセクト主義から一線を画した融合型の必修科目として鳴り物入りで立ち上げた「歴史総合」を受験に組み込め、しかも「世界史探究」「日本史探究」とセットで出題せよという提言には矛盾を感じますし、蛇が自らの尾を食べているように見えてなりません。

 今回の「提言」は、法的拘束力はありませんが、これからの教育政策に一定の影響を与えることは間違いありません。
 ただ、現場を含めた議論の余地は十分にあるものと思われます。正直、「これで今までどおりの授業ができる」と安堵している高校教員も少なくないでしょうし、言い方は悪いですが、現場の「骨抜き」策にお墨付きが与えられたと捉えられても仕方ありません。最後にちょこっと「地理総合と地理探究も一緒の入試に」と書かれていますが、地理教育の側からするとなんとも迷惑な提言ですし、「地理教育分科会」の総意を踏まえた発言とは思えません。

 入試に関して言うならば、センター試験(に代わる統一試験)では、「歴史総合」と「地理総合」「日本史探究」「世界史探究」「地理探究」別々に試験問題を作るべきだと思います(現行のA科目・B科目のように)。「総合+探究」のセット科目で入試が設定されると、実業校や総合学科高校のように、必修の総合科目しか履修しないことを前提としているような学校の生徒が締め出されてしまいます。近年、実業高校から大学進学を目指す生徒が増えつつあります。多くは推薦入試ですが、推薦入試に課せられる「学びの基礎診断」試験(現行は英・数・国を予定)に社会や理科が入ってくることを想定すると、「総合」は単体で試験を作るべきだと思います。むしろ学術会議が提言してきた「知識偏重に縛られない新しい入試問題」のスタイルは、「総合」の問題の中で存分に試されるべきではないでしょうか?

 この点については、一足先に「基礎科目」と「発展科目」に分けられて、それぞれの科目でセンター試験の問題を作っている「理科」が参考になります。
(大学受験「パスナビ」2016/4/13)
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 新学習指導要領の実施までまだ2年以上あります。
 ちょっと「はあ、そうですか」と流せない問題を多く含んだ提言です。
 現場の教員が参加できる形で議論できる場を設けていただくことを願います。



posted by いとちり at 05:12| Comment(0) | いとちりのコンセプト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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