2013年、新しい学習指導要領に移行します。理科の科目が大きく再編され、新たに「理科基礎」(物理基礎・化学基礎・生物基礎・地学基礎)が立ち上がり、これまでの2科目履修体制から3科目必修(もしくは「科学と人間」+1科目)、その後「発展科目」(従来の物化生地)を学習することになりました。
これまでずっとマイナー中のマイナー科目の地位に甘んじてきた「地学」。3科目体制で、大慌てで開講準備をしている学校も多く、まさに「地学の春」なのですが、手放しで喜べない状況があるようです。
例えば、こちらの記事。
○新課程「地学」は、“新教科書なき入試”に!(旺文社教育情報センター 2012.9.3)
http://eic.obunsha.co.jp/viewpoint/20120901viewpoint
新科目、「地学基礎」の方は教科書の制作と検定申請が出ている一方で、「発展」(旧来の通常科目)の「地学」を手がける出版社がゼロだったとのこと。このため、教科書は旧課程の「地学T」「地学U」を代用して使っても良いとのお達しが出たとのこと。ただ、センター試験はもとより、大学入試も対応する教科書がない中で作られるわけですから、受験生からますます敬遠される可能性はあります。
ただ、文科省自身は、教科書に関するQ&Aの中でこんなことを述べています。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/010301.htm
○ | 文部科学省著作教科書 高等学校の家庭,農業,工業,水産及び看護の教科書の一部や特別支援学校用の教科書については,その需要数が少なく民間による発行が期待できないことから,文部科学省において著作・編集された教科書が使用されています。 市場原理の中で需要が少ないのならば、国が責任をもって自ら「改訂」した新しい指導要領に基づいた教科書を作ってしかるべきですし、「前例」もあるのですが、それを放棄してしまっています。 |
せっかく「地学基礎」ができて、今まで以上に地学に触れるきっかけができたものの(中学校との接続の内容が多いようですが)、更に発展して学びたいと思っても教科書がない、センター試験をはじめ、大学入試がどうなるかわからない、教える側も「専門家」が非常に少ない中、「リスキーな」選択はさせたくないということで、選択者は非常に少なくなると思われます。
現行の地学T、Uを履修して、理学部の地球惑星科学関連の学科に進む生徒が非常に少ない(多くが物理&化学受験)ですが、新課程以後、更に少なくなるのではないでしょうか?。
もっとも、「新課程」の全容が明らかになってから随分時間が経過していますし、地学教育関係者(特に大学関係者)は問題点を察しながらも、「実質的な選択者が増えるのならば」と、ある程度妥協した面もあるのかもしれません。ただ、今後高校教育の現場で、「地学をフルコースで学び、大学で専攻したプロパーの先生」は更に減ると思われます。最初から「地学(発展)」を開講しない(しようという発想すら持たない)学校も多いでしょう。高校で学んでいないから教えたくない⇒最初から開講しない⇒ますます担い手が減るという「負のスパイラル」は続くのではないでしょうか。
地理の教師の私がなぜこんなことをたらたら書くかといいますと、地学の立場は、10年後の「地理」になってもおかしくない要素を多分にはらんでいるからです。既に、日本学術会議の提言を受けて、10年後に実施される“次の次の学習指導要領”での実施に向けて、必修の「地理基礎」「歴史基礎」の開設に向けた実証研究(モデル校指定と実践研究)が始まっています。実施となると、各2単位ずつ、必修となります。
ただ問題は、現行の「地理A」および「地理B」の履修者が理系のセンター試験対策に偏りすぎていることです。理系にとって「社会科」(地歴・公民)は、負担が少なければそれに越したことはありませんし、理数系の履修強化のために、「センター試験は地理or歴史基礎、プラス公民のどちらか点数の良い方」という流れが定着してしまったらどうなるでしょうか?さすがに「教科書発行社ゼロ」とまではいかないまでも、レギュラーの「地理」を履修する人は思い切り減る事は目に見えています。
今、静岡県の「地理」の教員採用試験を受験する人が激減しています(逆に採用数は増えています)。
昨年(平成24年度採用:平成23年実施)の志願者は高校地理で18名、採用者3名、今年(平成25年度採用:平成24年実施)では、科目別の志願者は明らかにされていませんが、地歴全体で159名、採用は地理で3名です。
○教職員の採用情報(静岡県)
http://www.pref.shizuoka.jp/kyouiku/kk-060/saiyo/syokuin-saiyou.html
自分が”教採受験生”だった頃(同年代は日本史・世界史・地理必修世代)は、地理だけで志願者が40名前後、採用は常に1名でした。団塊世代の退職や理系人気で地理への需要が高まっているにも関わらず、志願者は半分以下という事態が続いています。ちなみに、久々に採用が復活した「地学」は、11名の志願者で3名が合格(平成24年度)、平成25年度は1名が合格となっています。
原因として、現行の課程でも、文系で最初から地理を履修させてもらえない学校が多くを占めていることが考えられます。高校の地歴の教員でも「高校地理の授業を全く受けていない」若手は着実に増えています。10年後、中学校卒業以来初めて地理に触れる先生による「地理基礎」の授業と、有名無実化してしまった「地理(発展)」という悪夢のような自体が起こらないとも限らないのです。
ともあれ、地学教育の世界では、専門でない先生が初めて地学基礎を教える場合にも対応させた教材作成とネットワーク作りが進んでいます。埼玉県の地学の先生の団体が「実習帳」を出版しました。3年がかりで議論を進めて作られたようです。
○埼玉から地学 地球惑星科学実習
http://saitamachigaku.jp/htdocs/index.php?page_id=0&block_id=172&active_action=journal_view_main_detail&key=joolck6t3-172&post_id=87&comment_flag=1
数研出版は、動画素材などを織り込んだ地学基礎用の「指導用デジタル教科書」を販売しています。
http://www.chart.co.jp/stdb/rika/item/509.php
このように、基礎科目を通じて再び裾野が広がることは喜ばしいことかもしれません。でも、それと引き換えに“中腹から山頂”が、改定前よりももろくなり、崩れ去って行くことへの有効な手立ては見いだせていないようです。
「地学の春」の行く末は、10年後の地理の姿・・・・かもしれません。
私たち高校教員は、「受験の準備」を手伝うためでも、「最低限の労力で高卒の単位を取らせる」ために日々教育をしているわけではありません。それぞれの専門分野において、先人が培ってきた知の体系と、最先端の科学の動向を、生徒の発達段階に合わせて分かりやすく咀嚼して伝え、文化を次の世代に受け渡す仕事をしています。あまりにも効率優先、データ優先になった今、歪みは一向に解消されませんが、地学の問題を「他山の石」と心得て、10年のうちに足元をしっかり固めなければとんでもないことになるのではないか?と思った次第です。