2010年02月24日

富士駅前を考える(2)「駅前市場」という発想

 今日はもう一本書きます。

 先月、惜しまれつつも33年の歴史に幕を下ろした「イトーヨーカドー富士店」。「いとちり」では、撤退話がでた時から色々とリサーチしてまいりました。

 それぞれの「ヨーカドー後」(2009年6月30日)

 ところで、ヨーカドーが出来る前、あそこは何だったかご存知ですか?
 くどいようですが、2月28日にお配りする、古い住宅地図を見るとそれがわかります。あそこはもともと
「農協の集荷場」だったんですね。引き込み線をひいて、今はない「荷物列車」の車両なんかを横付けして、特産の「富士梨」なんかを景気よく出荷していたそうです。そしてそのそばには農協の直売所、更に国鉄の直営店などがあり、ちょっとした「駅前市場」を形成していたようです。

「駅前 市場」で検索してみました。お、なんかイメージが湧いてきました。

 ●鳥取駅前食品市場
 http://www.ekimaeichiba.net/

 
●広島駅前市場探検隊
http://www.city.hiroshima.jp/kikaku/kikaku/vi/ekimae/top.htm

 ●津軽弘前駅前市場
http://marugoto.exblog.jp/4352974/

 
観光地としてすっかり有名な、これらも「駅前市場」ですよね。北海道にいたころはよく行きました。

 
●二条市場(札幌)
 
http://www.welcome.city.sapporo.jp/sites/nijoichba.html
 
●和商市場(釧路)
 
http://www.washoichiba.com/

 明治期に鉄道を敷いた際、蒸気機関車が街中を走られると困るのと、用地買収をしやすいことから、鉄道や駅はその街の「はずれ」に作られました。だだっ広い空き地に鉄道を通し、建設に携わった労働者達や旅人の胃袋を満たすべく、「駅前の市場」は、自然発生的に出来たと思われますし、街中の老舗と比べると、自由に誰でも商売に参画できる雰囲気があったのではないでしょうか。それは戦後の焼け野原の中で自然発生的に出来た「闇市」もまた同様です。

 
「駅前=中心地=活性化しなければならない」という発想からちょっと離れてみましょう。もともと町はずれの何にもない場所だった駅前。ほんの数十年の間、賑やかになったものの、限界が見えた・・・・ならばもう一度リセット(更地に戻す)して、やる気とアイデアはあるけど開店資金がない人や、他の仕事(特に農業)と掛け持ちで何かを売りたい人が集まれる場所を作る・・・・「駅前の一等地でそんなこと、もったいない」と考えるのではなく、「駅前」というところはもともとそういうところだったんだという発想です。人為的に「活性化させる」のではなく、商売をしやすいので売り手が集まり、面白いから買い手が集まり、「結果として賑わっている」ようになれば御の字です。少なくとも、次の借り手や買い手が見つかるまで何年も「巨大な空き店舗」を放置しておくよりはよほど有効な活用法だと思いますが、地主の農協さん、いかがでしょうか?。ちなみに、「帯広のヨーカドー」は、10年以上空き店舗のまま。本州の大手スーパーに進出の打診をしたところ10億円単位の改装・修繕費がかかるという見積もり結果が出てあえなく退散されてしまったとか。

 
何も新しいことをしようというわけではありません。この街に、大資本の大型店が進出する前の風景をもう一度再現してみようということです。
 必要なのは、だだっ広い広場とガレージのようなブース、「あとはどうぞお好きなように」という場所。農産物直売所でもいいでしょうし、「チャレンジショップ」が並ぶ「プチ商店街」でもいいでしょうし、「屋台村」でもいいと思います。商売の原点、「定期市」に戻る駅前。どうでしょうか?農協さん。
posted by いとちり at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | City&Mt.富士 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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