2010年02月03日

富士山の日(2月23日)考(今日も長くてすみません)

 趣味に走りまくった記事を長々書いていたら、自分の作ったもう一つのブログににランキングで抜かれてしまいました(笑)。

上にもある
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         (とか言って誘導したりして・・・・。)

 それはさておき、今日職場で「富士山の日」に関するアンケート(というか自由記述)の紙が回欄で廻りました。昨年末に県議会で可決され、今年は無理なのですが、早ければ来年から「県民の祝日」として、公立学校(私立はどうなるかは未定)が休みになるというもの。「それについてどう思いますか?」
・・・って、現職の教師に聞いてどうすんのよと思いながら書きこもうと思ったら結構皆様否定的な見解。「へぇー、誰しももろ手を挙げて喜んでるわけじゃないんだ」
と、妙に感心してしまいました。

 考えてみると、「世界遺産を目指すために、富士山をたたえ、県民の意識を盛り上げるべく、祝日に!」
と音頭を取られたところで「で?、それに何の意味が?」と言いたくなる人が出てくるのも自然なお話。「愛国(県)心が足りない!」と、憤慨する偉い方もいるかもしれませんが、何かこんな議論、どこかで聞いたことがあるような・・・・・・あ、そうだ同じ2月、「建国記念の日」と同じロジックで考えればいいんだと勝手に解釈しました(かなり乱暴な例えですが、推進派の皆様、怒らずに最後まで読んでください)。

 「日本書紀」の中で、神武天皇が即位されたとされる日が建国記念の日。各地でその日を祝い、意義を考える集会が行われる一方で、その意味を問い、反対する集会が開かれて、どちらも風物詩のように必ず夕方のニュースに出ますよね。

 静岡県人と山梨県人にとって富士山は、聖なる山、母なる山であり、同時に「生活の山」でもあります。私達は富士山の水で暮らし、富士山の幸を口にして毎日過ごしてます(桜エビも、しらすも富士山の恵み、真冬の「いちご」は、実は真夏に苗を富士山麓で冷やすから食べられるんですよね)。確かに、1年に1回ぐらい、仕事の手を止めて、冬の晴れた日にゆっくりと富士山を見ながら感謝し、郷土のこれからを考える、それはそれで良いことだと思います。

 でも、ちょっと待って下さい。それを制定し、旗を振っている
「静岡県」なる団体(私もそこの禄を食んでいる人間ですが)が今までこの山とそのすそ野で一体何をしてきたでしょうか・・・・・堂々と「富士山を大切にしよう!」と言えるでしょうか?
そのあたりの「負の歴史」を知る人にとっては、「富士山の日」にある種のうさんくささを感じて「何を言ってるんだか」と冷めた気持ちになるのではないかと思うのです。

 例を一つ挙げましょう。駿河湾一帯の重要港湾は、静岡県の直轄です。我が富士市の田子の浦港、静岡市の清水港があります。高度経済成長、「全総」の時代、白砂青松の海岸を潰して掘りこみ式港湾を作り、徳川家康公や我が母校の創設者、西園寺公望卿が愛した「興津」の海岸をズタズタにしてコンテナバース、「興津埠頭」をこしらえ、「三保の松原」の豪快に切り開いて港湾に仕立てた張本人、それが
「静岡県」(および静岡選出の保守系代議士達)だということを忘れてはいけません。しかも、和歌よりも「ヘドロ」で有名にしてしまった工業港の建設を推進したのは、富士市出身の製紙工場の経営者一族の知事だったりします。

 ことあるたびに悔しがるのですが、
「もし、田子の浦の高潮対策が完璧で、田子の浦港を作っていなかったら、今頃この辺りは“湘南”に負けないくらいのリゾートになっていたのに!」と言っています(だって、海岸の林の中には、昭和天皇が皇太子時代に、イギリスで覚えた「ゴルフ」をなされたという記念碑まであったりしますからね)。

  その当時、どんな反対運動があって、それがどう潰されたのか(かなり荒っぽかったみたいですが)は、書物で読むことしかできませんが、
静岡空港の立ち木の無断伐採で知事が頭を下げているところを見たりすると、「なんか、駿府のお城の人々の発想はあまり変わっていないな」と、出城で禄を食む身分ながら、生意気にも思ったりしています。

 散々国民をひどい目にあわせてきた政府から、「今日は日本国の記念日だから祝え!」と言われて
「はぁーん?」と言う人が出てくるように、散々富士山の景観を台無しにし、富士山そのものをひどい目にあわせてきた(ひどい目にあわされているのを黙認してきた・・・・軍の演習場、産廃不法投棄、煙突の大気汚染と景観破壊、地下水くみ上げの規制遅れによる塩水化などなど)の役人たちに、「さあ、富士山を崇めよ!」「さあ、富士山を愛する教育をせよ!」と言われてみても、やっぱり「はぁーん?」という人が出てくる。これは至極当然な反応だと思いますし、そうした「素朴な反対派」の声をしっかり汲み上げることは、成熟した社会、よりよい行政につながるんじゃないかと思います。

・・・・と、何か選挙演説みたくなってしまいましたが、私自身は「富士山の日」自体は賛成です(休みが増えるし(笑))。でも、猫も杓子も大政翼賛会的に
「富士山は素晴らしい!」と、たたえるようなイベントを目白押しにする必要はないと思います。むしろ、そういうお祭り騒ぎのようなイベントの陰で、明治に「静岡県」が出来て以来、我々のご先祖達は、白装束を着て身を清めて登ってきた「聖なる山」をいかにして「レジャー登山のメッカ」に変貌させ、「豊穣なる恵み」だったはずの水や森林をいかにして「工業資源」に変貌させて、使い捨ててきたのかをしみじみと考える日にしてもいいのではないかと思います。

 そして、いつか訪れるであろう
「富士の怒り=噴火」(もう300年分のマグマはたまっています。「東海地震」が起きたら、連動して噴火するという説も濃厚です。具体的なイメージで見たい方は、映画「日本沈没」(新しいほう)をどうぞ)に備えて、いっそ、9月1日、1月17日に次ぐ、静岡県独自の「防災の日(特に火山)」にしてしまうというのも、冗談でなく検討してみてはいかがでしょうか。山麓には何十個もの噴火口があるわけで、これだけ高い山なのですから、「次」は、いつか間違いなく来ます。

 溶岩が押し寄せるというようなことがなくても、ミクロンサイズの火山灰一つで銀行のATMとか、PCサーバーなどがすっ飛ぶと言われています。噴火はある程度予知がきき、避難も可能です。噴火に対応する訓練を、ある程度本気でやっておいた方がいいように思います。「ニッパチ」といって、学校もお店も、2月と8月はどこも結構暇ですし(?)ね。

 身内批判的な事を書いてしまいましたが、
「富士の麓の民は、お上の慈悲深い提案に対して、結構シラけている」ことを念頭に、府中(“静岡”の前の地名。「不忠」につながるから明治政府にいちゃもんつけられないように、やめたんだとか。)の殿様、上士様達はよくよくご検討遊ばされるよう、お願い申しあげ奉りたく存じます。

【リンク】
 鞆ノ浦を田子の浦にするなかれ!(いとちり2009年2月15日)
 
http://itochiriback.seesaa.net/article/137306223.html
 田子の浦へのぼやき。鞆ノ浦も、予断を許さない状況が続いています。

 「いちご処・静岡」(月刊地理:2006年10月号)
 
http://itochiriback.seesaa.net/article/137306015.html

 
真冬のイチゴは富士山の恵み。もぎたてフレッシュ!紅ほっぺ!”
 
日曜の朝、娘達が楽しみにしていた「フレッシュ!プリキュア」が終わってしまいましたね。
 このフレーズ、わかる方にはわかると思います。農協の方とか、使ってくれないかな・・・・・(笑)。

果肉の中まで赤い「紅ほっぺ」
静岡県農林試験場の皆様、その節はお世話になりました。
posted by いとちり at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | City&Mt.富士 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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