丹那トンネル開通75周年 工事殉職者を慰霊 |
2009/10/26 静岡新聞 |
丹那トンネル工事殉職者慰霊式(明るい社会づくり運動県連合会三島地区連合会函南地区協議会主催)が24日、JR函南駅近くの慰霊碑前で行われた。同協議会員や地域住民、来賓ら約50人が出席し、難工事による殉職者67人の霊を慰めた。 |
ちょうど手元に図書館から借りてきた『闇を裂く道』(吉村昭著)があったので、このニュースが目に留まりました。
丹那トンネルが出水に悩まされた一方で、ルートの真上の丹那盆地の集落は、井戸や湧水の枯渇に悩まされました。ワサビも栽培出来た沢は枯れ、水田は枯れ、特産の牛乳を冷やした水もだめになり・・・・。測量に協力的だった住民の手厚いもてなしに、技術者達が感激して、トンネル名に「丹那」の字をつけたという程だった地元との関係は、村の有力者以下、数百人がムシロ旗を掲げて熱海の工事事務所へ乱入し、所長室を占拠する事態にまで悪化します・・・・。掘る方も命がけならば、それによって生活をズタズタにされた人達も命がけだったわけです。政府(鉄道省)の責任の回避、付け焼刃の補償と応急対策工事などに振り回され、飲み水すら失った住民は、次々に起こる災害(関東大震災、北伊豆地震)に見舞われます。
現在は「牛乳の名産地」として知られる丹那盆地ですが、この本を読んで、「酪農に特化せざるを得なくなった、悲しい歴史」があることを知りました。
八ツ場ダムの問題やら、リニア新幹線のトンネルが南アルプスを貫通するのやら、公共事業がいろいろ取りざたされるこの頃です。丹那トンネルは、工事が完了してから「まだ75年」。水脈を分断し、活断層に穴を開けた影響が今後どうなるか、この工事によって環境はどう変わったのか、それこそ何百年経ってみないとわかりません。
吉村昭の「トンネルもの」。ジャンル分けとしては近現代の歴史小説に入るのかもしれませんが、何より「土地の生の姿」を丁寧に描き出し、地に足付けて語る手法は、新田次郎と並んで、「地理小説の旗手」と呼んでもよいのではないでしょうか。 私が特に好きな作家の一人です。
余談ながら、「日本史」or「地理」という、文科省の超愚策に振り回されている今の高校生達(特に理系の諸君)は、この本をどこまで味わえるかな?と思いました。 第一次大戦後の不景気と雇用対策(全国各地から人が集まり、そして死んだ)、大陸進出に向けての安定・高速な物資および人員輸送への(特に軍部からの)要請、社会主義者への極度の警戒と、そう見なされる事を恐れ、抗議することに躊躇する住民の心理(それを巧みに利用しながら政府は工事を進めたのでしょうが)など、当時の時代背景に対する基礎知識がないまま読んでも、「ああ、完成してよかったね。大変だったね。」と、「プロジェクトX」的な感想を抱いて終わりとなってしまうような気がします。まあ、趣味で読む分にはどう読んでも構わないのですが。
高校で、自国の歴史と地理が同時に学べないというのも、なんともおかしな国だなと思います。
理系君(さん)に人気の地理ですが、日本史とセットにすると見えてくるものがたくさんあるのに、それができないのが非常に惜しい気がします(特に近現代の科学技術史と、土木・建築史)。当面の間は、よい本をたくさん読んで、自分で勉強するしかなさそうですね。政府・文科省も、「理系教育」に力を入れるのは結構ですが、理科や数学だけでなく、地理や歴史の、“役に立つ教養”にも目を配ってほしいものです。
Google Earthに「国土数値情報」の「鉄道」のラインを重ねてみました(トンネルではなく、線が山を越えてしまっているのは、ご愛敬ということで)。 右側、クリーム色の線(伊東線)が南に伸びているのが熱海駅、左側、黄緑色の線(伊豆箱根鉄道)が南に伸びている分岐点が三島駅です。東西方向、クリーム色が旧トンネル(在来線)、オレンジが新幹線の「新丹那トンネル」です。 中央やや上に芦ノ湖が見えます。その後ろをかすれて見え隠れしながら通っているのが御殿場線(旧東海道線)です。
三島側入り口、函南(かんなみ)駅付近をクローズアップしてみました。
山を越えた奥が丹那盆地です。
【リンク】
いとちりBooks(書評)「闇を裂く道」(2009年10月22日)
http://d.hatena.ne.jp/asin/4167169193
Amazonへのリンクが貼ってあります。
鹿島の軌跡(第3回 丹那トンネル)
http://www.kajima.co.jp/gallery/kiseki/kiseki03/index-j.html
丹那トンネルの三島口工事を担当したのが現在も続くゼネコンの「鹿島」でした。
同社の資料写真などから、当時の工事や風俗がわかります。
丹那断層と丹那トンネル(日本列島博物紀行)
http://explorer.road.jp/jp2/geo/tan-na/tan-na.html
現地の写真が的確かつ豊富です。