2018年01月14日

センター地理「ムーミン」問題の解法

 今年のセンター試験の地理Bの第5問―問4:「ムーミンの出身地」問題について、物議をかもしていますが、関係者から見ると、いたって普通のセンター式問題(むしろ良問)です。
 Twitterのボヤキを根拠とするセンセーショナルな報道に違和感を感じるので、解法と出題者側の考え方(学習指導要領等を踏まえて)を書きます。

まず、問題を転載します。
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東進「センター試験解答速報2018」地理B 第5問 問4

 新聞では、図の部分のみを載せて、いかにも「ムーミンの出身地を聞くクイズのような問題が出た」ような書き方をしていますが、問題文全体を見る事が必要です。
 本文で大事なワードは、「3か国の文化の共通性と言語の違い」です。つまり、受験生が特定のアニメの舞台について知っているかどうかを問うているのではなく、北欧三カ国の文化的な特徴(自然条件、社会条件に影響を受ける形で形成されている)と、言語的な差異をちゃんと理解しているかどうか?を聞いているわけです。
 そういう点を踏まえると、新聞各紙の見出しは「あらあら・・・」というものばかりですね。

 文句はさておき、解法に行きます。とりあえず、受験生が「ムーミンはフィンランドのお話」ということや、「ムーミンというアニメが存在する」ことすら知らないかもしれないという前提で進めて行きましょう。

(1)見本となっているスウェーデン語のサンプルから考える
サンプルにスウェーデンを出している所が大きなポイントです。
 なぜなら、スウェーデンは、北欧諸国の文化的な特徴として共通する要素を持っている国だからです。
 具体的には@言語がゲルマン系であること、Aキリスト教の宗派がプロテスタント系が多いことです。ゲルマンかつプロテスタントは、他にはイギリス、ドイツ、デンマーク、オランダ、そしてノルウェーなどががあります。つまり、「スウェーデン語と似た語彙がある言語がノルウェー語」ということを冷静に見極められれば、あいさつのカードでノルウェー語を選べます。フィンランドの「フィン人」は、ハンガリーと共に、ゲルマン・ラテン・スラブの三語派に入らない独自の言語体系を持つ民族なので、「民族島」と呼ばれています。
 この原則(これは、地理AでもBでも必ず扱う基礎です)を知っていれば、AとB、どちらがノルウェー語(スウェーデン語に近い言語)かは一目瞭然ですね。

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(2)「ムーミン」ではなく、「バイキング」がどちらの国かを考える
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「ムーミン」は聞いたことあっても、「小さなバイキングピッケ」は知らないという受験生が多かったと思います。緊張していた中で、「ムーミンの出身地????」とパニックになった人がいたかもしれませんが、問題のキーは、バイキングの方にあります。
 世界史(必修です)で「ノルマン人」というのが出てきますが、北海を暴れまわった海洋民族の一部がバイキングです。彼らはグレートブリテン島(現在のイギリス)に上陸して諸部族をなぎ倒して「ノルマン朝」という王朝を作りました。イギリスとノルウェーは、北海油田の権益を分け合い、共にEUと反目する(ノルウェーはEU非加盟)国でもあります。
 新聞で予備校の先生が、「バイキングがノルウェーだってわかっていれば解ける問題」とコメントしていましたが、たとえそれを知らなくても、バイキング=北海を暴れまわった人々と考えた時、ノルウェーとフィンランド、どちらが拠点を持ちやすいか?で考えてもよいかと思います。
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 ノルウェーといえばフィヨルド北大西洋海流氷河地形といった語が教科書的には出てきます。狭く深い入り江(嵐があっても退避しやすい、多くの船を係留できる)、高緯度でも冬に凍らない港、豊富な森林資源、そして氷河地形で肥沃な土地が少なく、農業ではなく外に打って出るしかない地域的な風土から、ノルウェーの人々はフィヨルドを拠点に交易や軍事に明け暮れてきたと考えられます。フィンランドはそうした港が多くない代わりに氷河湖と森林に恵まれた地で、森林資源や水を生かした産業、紙・パルプやICT産業が盛んです。また、北部ではトナカイの遊牧を行うラップ人がいます。
 ノルウェーサーモン、冷凍サバ、シシャモなど、ノルウェー産の魚介類は日本でも多く出回っています。何はともあれ「海=ノルウェー」の図式にたどり着ければ、ピッケ君はノルウェー人という答えにたどり着きます。繰り返します。「ムーミンは何人?」という知識はほとんど必要ありません。

 「そんなの知らない」「授業で聞いたことがない」「教科書に載ってないじゃないか」・・・出題者が悪いと悪態をつくのは簡単です。ただ、Twitterで嘆いたところで点数が上がる訳ではありません。厳しい言い方をしますが、責めるべきは出題者ではなく、「わからない=思考終了」してしまった自分自身なのです。
 センター試験は、1点の差で何千人もの順位が変わる厳しい試験ですし、人生かかった大事な試験をたった1日の試験で、しかも4択で決めるのはどうかという考えもあります(間もなく変わりますが)が、ピンチを迎えた時に、「では、どうすれば正解に持っていけるんだろう?」と、しっかり脳みそに汗をかけたか否かにあるのではないかと思うのです。

 実際、言葉のスペルの違いから言語グループを選ぶ問題は、センターの地理では定番ともいえる問題で、決して目新しいものではありません。ヨーロッパの民族の多様性も、現代のヨーロッパを考える上で欠かせないところですから、じっくりやります。そうした基礎的な知識を総動員して、「わからなければ、手持ちのネタでどうにかして考える」のが足りなかったんだなと反省して、気持ちを切り替えて次に望めばいいのです・2次試験で地理を使う人はぐっと減ると思いますが、「うわ、こんな時に限って公式を忘れてしまった」とか、「構文がわからん」という時に、「・・・落ち着け。今、手持ちの知識と時間で何とか答えを出そう。出すプロセスは書いて行こう」と腹をくくるためのいい授業料だったと思うしかないんじゃないでしょうか。プロセスは多少回りくどくても、答えが出れば〇をもらえますし、多少言い回しが稚拙でも、意味が通じれば英作文だって0点にはなりません。

 さて、受験生としては軽いノリのつもりでツイートしたのかもしれませんが、ネットで盛り上がっているから、ただそれだけの理由でいかにも出題者側の手落ちのように面白おかしく書くマスメディアの姿勢にはちょっと首をかしげざるを得ません。たまたま「ムーミン」という、よく知られたキャラクターが出ていること、誰もが知る試験であること、そしてメディアが大好きな「お上の手落ち」風味があるということで、あげつらってますけど、果たしてどれだけの記者さんが自分で問題を解き、あるいは教科書なり地図帳なりを開き、「わかる人」に教えを乞うたのでしょうか?。そういう検証をするには、あまりにも時間が速すぎますし、論調が似通っているのがとても残念です。こういうところにも「高校地理未履修・失われた30年」の余波があるのかなと思いました。地理履修云々以前に、事件や事故の報道で当たり前のように行う「裏を取る」作業をすっぽかしていると思います。

 時事的な話題、あまりブログに書かないようにしていますが、あまりにもとんちんかんな批判が飛び交っている中、黙っているのも何かなと思い、書きました。2022年、ようやく高校地理が必修化になりますが(前倒しにしてもいいんでしょうが)、「地理」というものに対して長年
つけられてしまったイメージ(地名や産物をカルトに覚えるもの)を覆すこと、〇×、知ってる、知らない、分かる、意味わかんない、うまい、まずい、正義と悪、の二元論で思考停止させないための教育をどうにかして変えていくことの多難さを感じました。

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posted by いとちり at 14:36| Comment(4) | 世界地理の教材 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月04日

「地理の神」への初詣

 あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いします。

 さて、初詣に行ってまいりました。
 毎年行っている帰省先の神社、お寺に加えて、今年は(個人的に)地理の神様、偉大なるメンターとして奉っている、守屋荒美雄先生のお墓に行ってまいりました。
 守屋先生は、昨年創業100周年を迎えた帝国書院の創業者であり、独学で「文検」(文部省検定)に合格し、旧制獨協中学校で教鞭を執られた地理教育の父ともいえる方です。昨年のお盆、帝国書院の100周年記念事業の一環で、先生の郷里、倉敷市で講演をさせていただきました(詳しくは"いとちり”2017年8月12日)。

 帰省先から電車で約40分。昨年のお礼も兼ねて、お参りに・・・・と思って行ったのですが、あれ?わからん・・・。お盆の時、ささっと車で連れて行ってもらって、土手沿いの、小高い丘の上の・・・とまで記憶していたのですが、何しろ丘沿いにお墓があちこちに。上がったり下りたりしていると、小雪が舞ってきて、こりゃいかんかと思って来た矢先、自転車に乗ったご老人に遭遇。

:「なにしてんの?」
:「はあ、お墓参りに来たんですけど、お墓が分からなくて」
:「ほう、誰の?」
:「守屋荒美雄さんというんですが・・・帝国書院の創業者で」
翁:「???」
:「いや、あの、守屋という方の一族のお墓で、そこだけポツンとありまして」
翁:「ああ、はいはい、"モリヤ墓”ね。むかし、倉敷のえらい人が、わざわざ倉敷の町を見下ろせるところに建てたっていう・・・。知っとる知っとる。子供の頃、遊んだことあるわ。いいか、こっからだな・・・。」

 と、このご老人のおかげで無事にお墓詣りができました。
 守屋荒美雄が亡くなったのが昭和16年ですから、確かにご老人が子供の頃からあったわけです。ちなみに、お墓がある場所は、倉敷市船穂町ですが、2005年に倉敷市に編入されるまでは、浅口郡船穂町ですので、ご老人が言うように、「倉敷の人のお墓」なわけです。

 今、帝国書院さんの高校向けの定期刊行物に守屋荒美雄の生涯について小稿を書いています(3学期中には出版・配送の予定です)。お墓のことも書いてありますが、そういえば詳しい行き方をガイドしたものがなかったなあと改めて思いました。お墓には、帝国書院さんが設置した案内板と、訪問者ノートが置かれており、誰でもお参りできる形になっています。「聖地巡礼」でもないですが、倉敷方面に行かれる際、ちょっと足を延ばしてお参りしてみてはいかがでしょうか?倉敷駅と新倉敷駅、どちらからも1駅の西阿知駅から2.7qでです。今度は迷わないように要所要所で写真を撮りましたので、参考にしてください。

route.jpg (地理院地図で作図)

@西阿知駅    A西阿知小学校(守屋荒美雄像があります)
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B船穂橋(高梁川の左岸のあたりに荒美雄の生家があったそうです)
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C船穂の集落(用水路沿いに街道をまっすぐ進みます)
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D横堤防(用水路に平行した堤防が直角に折れた場所です)。トンネルをくぐれば「モリヤ墓」へに続く坂に出ます)。
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今回、お墓そのものの写真は撮っていませんが、2010年2月、初めてお参りに連れて行ってもらった時の写真がこちらです。高梁川越しに、荒美雄の郷里が一望できます。
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posted by いとちり at 20:46| Comment(0) | いとちりのコンセプト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする