2019年11月10日

GISソフト「MANDARA」で見る洪水浸水域(1)地形図との重ね合わせ

 国土地理院の防災関連情報のサイトから、令和元年台風19号の浸水域のデータがShapeファイル(汎用性の高いGISデータ)として公開されています。フリーGISソフト「MANDARA10」で扱う方法を何回かに分けて説明します。Shapeファイルの読み込みや、色の設定など、色々面倒なことがありますが、今回は省略してあらかじめ設定したMANDARA用ファイルをアップしますので、直接開いて使っていただけます。
00浸水断彩図.jpg
chikuma.mdrmz 千曲川水系(長野県長野市など)

abukuma.mdrmz 阿武隈川水系(福島県郡山市など)

arakawa.mdrmz 荒川水系(入間川・越辺川・都幾川)(埼玉県川越市・富士見市など)

kujigawa.mdrmz 久慈川水系(茨城県常陸太田市など)

yoshida.mdrmz  吉田川水系(宮城県大郷町・松島市・東松島市など)

【手順】
(1)MANDARAファイルを開き、描画開始ボタンをクリックします。
01start.jpg
(2)背景のない浸水範囲図が表示されます 
3描画したところ.jpg
(3)表示⇒背景画像の設定を開きます。
4背景画像設定.jpg
(4)背景画像に地理院地図を選択すると、背景に地理院地図(現代の地形図・航空写真など)が表示できます。
6地理院地図が背景.jpg
(5)範囲を拡大する場合は、「表示」⇒「表示範囲の指定」か、マウスの拡大機能(真ん中のダイヤル式スクロール)を使ってください。
8拡大図.jpg
(6)もう一度「表示」から「背景画像設定」に戻り、背景を旧版地形図(今昔マップweb)に換えてみましょう。国土地理院地図⇒今昔マップに選択を変更し、二段目の地図選択で表示したい地図を選びます。北関東および長野市は、「今昔マップ関東」の、東北地方は「今昔マップ東北地方太平洋岸」カテゴリの各時代の地図に該当します。
10今昔マップを選択.jpgkonjaku01.jpg
(7)今回の台風の浸水範囲が旧版地形図上に表示されました。
konjaku002.jpg
(8)MANDARAはデータファイルのkmlファイル(Google Earthでの表示ファイル)での出力や、Google Mapでの表示に対応しています。ファイル⇒各機能を選びます。ここではKMLファイル出力を選択します。
kml0001.jpg

(9)設定画面です。輪郭線は「なし」にした方が見やすいと思います。「OK」をクリックするとkmlファイルを書き出します。
※何らかの形でソフトがエラーを起こす場合は、「続行」をした上で、設定を変えてみてください(凡例画像の表示をオフにするなど)
kml0002.jpg
(9)Googe Earthでの表示では、浸水域が濃い色になっていますので、透過度や色をGoogle Earth上で調整します。改めてkmlファイルで保存すれば、開いただけで見られる教材になります。
ge-01.jpg

 以上、簡単ではありますがMANDARA10を使った表示です。
 背景地図は、MANDARA10にデフォルトで設定されている「地理院地図」と「今昔マップ on web」を
使いましたが、公開されている「タイルマップ」のアドレスを入れることで、様々な地図や航空写真(発災直後の緊急撮影写真を含む)を表示させることも出来ます。これは稿を改めて説明します。

 実際に被害に遭われ、今も大変な生活を余儀なくされている方が多い中、簡単に「教材化」という言葉を使うのは大変心苦しいところですが、貴重な教訓を学び、共有して行くことで、次の災害の被害を最小限に食い止めること、子供たちの将来設計に資するための教育の一端を担う上で、公開データを分かりやすく見せる努力を続けていく事は、地理教育に関わる人間の使命の一つと考えています。
 災害情報を使った授業実践については、私も二宮書店の「地理月報」で連載していますが、以下の本が大変参考になりますので、併せて紹介させていただきます。

岩田 貢・山脇 正資編(2013) 『防災教育のすすめ―災害事例から学ぶ』,古今書院,142頁。



           




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2019年11月04日

シリーズ第2弾『地図化すると世界の動きが見えてくる』11月13日刊行

 2016年に刊行された拙著『地図化すると世の中が見えてくる』は、おかげさまで再重版させていただいております。
 刊行直後から書き始めた第2弾が、ようやく校了し、出版の運びとなりましたのでお知らせします。

  タイトルは、『地図化すると世界の動きが見えてくる』(ベレ出版)です。
 「・・・世の中が見えてくる」がテーマごとに世界と日本を見渡した系統地理、今回は世界の大陸ごとにトピックを地図化した、いわば「大人のための世界地誌」です。何となく聞いたことのある話題、日本との意外なつながりなど、私自身が授業の「小ネタ」にしているような話題について、各国の政府統計等に真正面から取り組んで、教材作りに使うGISソフトで地図化しました。既にオンライン書店や版元のサイトには、もくじが出ており、予約も受け付けております。
sekaino.jpg

 発売は11月13日です。
 前作同様、「ビジネスパーソンが通勤電車で読み流せる、本格的な地理のビジネス書」のコンセプトで、担当編集さんと練りに練り上げました。地理が好きな方、時事問題をちょっと違った角度から眺めてみたい方、おススメです。どうぞよろしくお願いします。

【リンク】
地図化すると世界の動きが見えてくる(版元ドットコム) 内容紹介・目次を掲載。各オンライン書店へのリンクあり。

地図化すると世界の動きが見えてくる(ベレ出版) 出版元の近刊案内

地図化すると世の中が見えてくる(Amazon.com)2016年刊行の兄弟本。
chizuka.jpg

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「地理院地図」で情報を重ねてみよう(二宮書店「地理月報」2019.10.25号)

 二宮書店の高校教員向け冊子「地理月報」の連載「いとちりの防災教育にGIS」(シリーズ2:その2)が出ました。

 今回は、国土地理院が公開している地形図のサイト「地理院地図」を使った防災教育教材の提案です。
 全国の地形図をWebで見る(スマホでもタブレットでもOK)ことが出来る「地理院地図」は、背景を変えたり、災害情報を重ね合わせるなど、様々な使い方が出来ます。紙面の関係で、ごく限られた機能の紹介に留めていますが、今後「フィールド編」を書き進めて行く中で要所要所に登場してくることになると思います。

 「シリーズ1」の記事と、連載には載らないオリジナルの「フィールド編」を加えて書籍として刊行される予定です。
 2022年に高校で必修科目となる「地理総合」に間に合わせる形で、防災をはじめとした「身近な地域の課題の抽出と解決策の探究」のヒントになるような本に出来ればと思います。

01.jpg02.jpg

 本文(PDFファイル:2.6MB)itochiri2019-11.pdf

【バックナンバー】
「いとちりの防災教育にGIS(シリーズ2−1)
(いとちり:2019年5月12日)
「いとちりの防災教育にGIS」(シリーズ1)
(二宮書店「Web地理月報」より)
「いとちりの防災教育にGIS」(シリーズ1+指導書付属DVD版)
(「いとちり」2017年3月23日)
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2019年10月14日

台風19号の爪痕(国土地理院浸水推定断彩図から)

 台風19号で被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げます。
 未だ被害の全容がわからず、不自由な思いをされている方もいらっしゃるかと思いますが、被災の記録をより分かりやすい形で若い世代に伝えていくこと、情報の在り処と公開された情報をより使いやすい形で教育現場に発信することが拙職の使命と心得ております。ご理解いただければ幸いです。

 さて、今回の災害に関して、国土地理院が緊急撮影した空中写真と、それらを基に作成した浸水深の推定段彩図を公開しています。(https://www.gsi.go.jp/BOUSAI/R1.taihuu19gou.html)。ファイルサイズの大きいPDFファイルで公開されているものを、画像化し、Google Earth用のKMZファイルに変換しました。国土地理院では、転載を含む公開はOKと明記されていますので、以下掲載させていただきます。ファイルサイズの関係で解像度が若干落ちています。

shinkansen.kmz(北陸新幹線車両基地付近:8MB)
nagano-IC.kmz(長野IC付近:7.3MB)

また、浸水区域をGISソフト“QGIS”でなぞり、ポリゴン(図形)データを別途作りました。
shinsuizone.kml(Google Earth用kmlファイル)
shinsui-zone.zip(汎用GISデータ Shapeファイル)

PDFファイルを変換したkmzファイルはこんな感じです。
001.jpg
浸水範囲をなぞったデータはこんな感じです。
002.jpg
両方を合わせるとこんな感じになります。
003.jpg
 浸水断彩図から浸水範囲を取り出すことで、他のデータとの重ね合わせが可能になります。
 例えば、国土交通省の「国土数値情報」http://nlftp.mlit.go.jp/ksj/で公開されている「想定浸水範囲」のデータと重ね合わせて、どこまでが「想定内」で、どこからが「想定外」だったかや、旧版地形図の閲覧とKMZ書き出しが出来るアプリ、「今昔マップ3」http://ktgis.net/kjmap/を使って旧版地形図上に浸水範囲を重ねて地形との関連性を見るなどです(ただし、対象となる地域が限られているので、今回被災した地域すべての旧版地形図が見られる訳ではありません)。

<追記>
浸水域のkmlファイルを国土地理院の地形図閲覧サイト「地理院地図」https://maps.gsi.go.jp/#5/36.104611/140.084556/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
で開くことが出来ます。
 機能ツール作図・ファイルの順で開き、「ファイルから読み込み」を選択
 「ファイルを選択」でkmlファイルを選び、読み込みます。
 よりくっきり、背景地図も替えられますし、立体モデルも描けます。
chiriin01.jpgchiriin03.jpg


 速報データをもとに、ざっと作ってみましたが、今回の災害はとにかく広範囲です。
 独自に空中写真のGISデータ化や、自由な利用が出来る地図の作製など、地理学者、技術者の方々が協力して作成に取り掛かっており、災害が起こるたびに頭が下がる思いです。ただ、そうやって完成したデータを防災教育に生かすためには、もう一ひねり、使いやすい形にする必要性を感じます。GISをある程度使いこなす教員(地理とは限りません)のネットワークを生かして、災害データの教材化、アーカイブ化を組織して行く必要性を感じます。

 取り急ぎの作業報告ですが、また追ってデータの加工にかかっていければと思います。





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2019年08月09日

「日本の地理教育はガラパゴス化」発言を考える

 2019年の「地理・日本代表」が、香港での国際地理オリンピック世界大会を終えて帰国しました。
 文部科学省を表敬訪問し、副大臣に報告した後、記者団の取材に応じた中で、代表選手の一人が「日本の地理教育は『地域の物知り学』のようにガラパゴス化している」と発言し、話題になっています(好意的に捉えている関係者が多いようです)。ちょっと違和感を感じ、SNSでかきましたが、ここで記事と自分が感じたことを改めて整理します。

まず、発言の趣旨から教育新聞:2019年8月8日付より転載

 香港で開催された第16回国際地理オリンピックに出場した日本代表の高校生らが8月6日、文科省を訪れ、永岡桂子副大臣に結果を報告した。日本は前回大会でメダルを獲得できなかった屈辱を晴らし、銅メダル1個を獲得。国別順位も31位から27位に上がった。一方で世界と戦った高校生らは、記者団に対し、日本の地理教育が「ガラパゴス化」していると指摘し、フィールドワークを重視した世界標準の教育が必要だと訴えた。

日本代表には、中尾俊介さん(洛星高校3年生)、飯田菜未さん(茨城県立土浦第一高校3年生)、植山隆斗さん(早稲田高校3年生)、野広海(ひろうみ)さん(渋谷教育学園幕張高校3年生)が参加。2年連続で出場した中尾さんが銅メダルを獲得した。

国際地理オリンピックは、現地でフィールドワークをしながら、地図を作ったり、その地域の問題の解決策を提案したりする。また、問題が英語で出題されるなど、日本にとってハンディキャップが多い。今回は7月30日から8月5日まで香港で開催され、44カ国・地域の166人の高校生が参加。日本代表は、台湾での事前合宿を行うなど、入念に準備して大会に臨んだ。

永岡副大臣は「さまざまな国の地理好きと交流したり競争したりできたことは、自信につながったと思う」と励ました。

表 敬訪問後、中尾さんは記者団に対し、「日本の地理教育は『地域の物知り学』のようにガラパゴス化している」と指摘。さらに植山さんは「地理は覚えるのではなく考える教科のはずだ。地域の改善策を提言するような活動をもっと日本の学校でも重視すべきだ」と訴えた。

 日本代表を引率した大谷誠一神奈川県平塚市立金目中学校教諭は「日本代表に選ばれる生徒であれば、英語はある程度できる。問題はフィールドワークの経験が圧倒的に足りないことだ。日本の子供は地図が読めても書くことができない。小学校では地域を実際に歩いて学ぶ活動があるが、中学校や高校ではほとんど行われていない。これでは世界標準に追いつかない。小学校から高校までをつないだスパイラルな実践が求められている」と総括した。


(1)日本の地理教育は「暗記ガラパゴス」? 

まず、違和感を感じたところとして、「日本の地理教育は『地域の物知り学』のようにガラパゴス化している」という発言。私は、全く逆の方向にガラパゴス化していると考えています。それは、地理教育の関係者が地名や位置、距離感、自然や産業の成り立ちなど、基本的な事項を覚える(覚えさせる)ことを評価せず、「地名・物産の地理」と呼んで忌避したり、「地理は暗記ではない」ことを強調しすぎて、関係者以外の支持というか賛同を得られないことがガラパゴス化の最たるものだと思います。

 「暗記しなくても、センターは楽勝!」とか、「地理は地の理(ことわり)を考える学問」とか、非常に耳あたりはいいのですが、それは英単語や漢字も覚えずに「センター攻略」のテクニックを磨いたり、ろくに本も読まずに外国人と議論しようとしたり、基本練習もさせずにあれ戦術だ、システムだを教え込んで「なぜ勝てないんだ???」と嘆くぐらいにナンセンスなことだと思います。

 そもそも、「世界」の地理教育の現場はそんなに「暗記」をさせず、「地域の物知り学」を避けているのかというと、そんなことはありません。イギリスのGCSE(中等教育修了試験レベル試験)対策の「フラッシュ暗記カード」なんてのも売られていますし(→いとちり:2009年3月23日)、アメリカの高校では、地名テストを毎回のようにやってました(「サハリン」とか「カムチャツカ」の英語のスペルと発音、先生が何度もリフレインさせていたのですっかり覚えてしまいました)。私自身、日々の授業では「とにかく教科書をじっくり読みなさい。地名が出てきたら、地図帳で場所を確かめて、覚えなさい」ということを徹底していますし、覚えた分だけ評価につながる教材やテストを作っています。センター試験とか、大学の一般入試とか、ほとんど関係してこない学校ですが、「地名の知識は一生もの」という心持ちで指導しています。間違っても「地理は暗記じゃない」なんてことは言いません。

 少し古い資料になりますが(2008年3月)、日本地理学会が高校生を対象に行ったアンケート調査があります。「高校で地理を履修していない生徒のうち、6割が宮崎県の位置が言えない」(正答率40.4%)ということでメディアに取り挙げられ、ある意味で高校地理再必修化に向けたターニングポイントになった調査ですが、実は高校の地理履修者の正答率との差は1.1%しかない(41.6%)という不都合な真実があります。ベトナムの位置がわからない高校生は未履修者で68%(正答率32%)、既履修者で54%(正答率56%)、イラクに至っては地理着履修者でも27.7%しかわかっていません。ちなみにこの年のセンター試験、地理Bの平均点は66.3点と、世界史(58.9点)、日本史(64.2点)より高くなっています。「イラクや宮崎県もわからない生徒は、さすがにセンター試験を受けていないだろう」と捉えることも出来ますが、「イラクや宮崎県の位置を覚えていなくてもセンターで点は取れる」のかもしれません。いずれにせよ、高校の地理教育の現場で半数以上の生徒が、都道府県や国の位置など、゛基本のき”となる知識がついていないにもかかわらず、有効な手が打たれていないという事実が、この調査で明らかになりました。(→調査の詳細はこちら http://www2.dokkyo.ac.jp/~rese0018/tiri_ninsiki_cyousa2008.pdf)。地理オリンピアン(地理オリンピック選手経験者)がいくら「日本の地理教育は暗記ばかりでガラパゴスだ」と言ったところで、それを額面通りに受け止めてはいけないのです。・・・サッカーに例えるならば、ボールの芯に当たるように蹴る(リフティング)やボールの勢いを止めるといった基本練習が十分に出来ていない選手に対して、「日本のサッカーは単調な基本練習ばかりでつまらない。もっと戦術やシステムを教えなければ」と、応用ばかり教えてちっとも勝てないというような状況にあります。もっとも、「センター試験」などは、ゴールの枠とボールを蹴る位置がある程度固定されていて、セオリー通りの動作とキーパー(出題者)の動きを読んで蹴れば点につながるPK戦みたいなものなので、本当に「ゲーム」(試合)と言えるのか、それに向けて日々の練習(授業)をエネルギーを注ぎ込むだけの価値があるのか?ということに関して疑問符が付きます。「暗記至上主義のガラパゴス」というよりも、「暗記軽視、センター至上主義ガラパゴス」と言った方がいいと思います。

(2)日本のフィールドワークは「世界標準」ではないのか?

 地理業界の用語に「巡検」(じゅんけん)という言葉があります。英語の”excersion"の訳語で、先生の引率の下、あちこちを見て歩く行為を指し、「修学旅行」の訳語(School excersion)としてもあてられます。日本の地理教育で行われているフィールドワークは圧倒的にこの「巡検」型であり、先生が何十人かの生徒を引率し、見るべき場所で立ち止まり、先生が「解説」するというスタイルが多いです。

 対して、地理オリンピックで行われるフィールドワーク試験は、手っ取り早く言うと「放し飼い」です。出題対象となるエリアを定めて、何人かのグループ(選手の国をミックスさせる場合、同じ国同士のチームで組む場合など、主催国によってルールは変わります)、時間を決めて自由に歩かせます。何を見るべきか、どんな問いが出されるのか、若干のヒントは出ますが、選手たちは「何を問われるか?」を自分達で考え、「想定問答」を繰り返しながら答案を練っていく形になります。例えば、水利施設を見つけたとすると、「この施設が建設されたことで、周辺の農地の利用効率はどのように変化したか。新旧の地図に描いてある事象を基に略図を描いて説明せよ」とか、「都市化が進展する中で、農業用水の利用が減り、地域にとっては厄介で危険な施設になっていると指摘がされる一方で、環境の保持のために必要であるとの意見もある。あなたはどう考えるか?それぞれの立場の住民になったつもりで述べなさい」といった具合です。日本の高校生にとっては、いくら国内予選のテストで高い点を取って来たとしても、「そんなもん、書いた(描いた)ことないよ〜」となってしまう訳です。もちろん、そんなことを授業でいちいちやっていたら、週何時間地理の授業があっても足りません。

  ただ、地域の課題の抽出や解決策の提案、そして実践といった活動は、地方の実業高校、総合学科高校ではそれこそ日常茶飯事、「総合学習」や課外のプロジェクトとして積み重ねがあります。ただ、そういった活動の成果や活動の中で培ったスキルを持つ生徒が「地理オリンピック」にエントリーしてくるか、代表まで上り詰められるか?というと、「ほぼ100%無理」と言わざるを得ないのが実情です。

 「もっと(地理の授業などで)課題解決型の学習やフィールドワークをするべきだ。日本の地理教育は何もしていない」という指摘は、半分は同意できます・・・が、代表選手を多く送り出しているトップ進学校ではその通りではありますが、「地理オリンピック」には縁もゆかりもない(と思われている)実業高校、総合学科高校で、地域連携の中核となって手腕を発揮している若手の地理教員もたくさんいること、ペーパー試験の学力ではかなわないかもしれないけれど、大人を唸らせる洞察力と提案力を持った高校生もたくさんいることを、気に留めて欲しいと思います。

(3)「国際標準」に対応させてたいのならば、「国内予選」改革こそが必要では?

 地理オリンピックの日本代表は、本大会の前に「フィールドワーク強化合宿」を行い、こうした「世界標準式」の出題に備えています。今年の代表は、初の「海外合宿」(台湾)を行ったそうです。「代表」を「強化」してこの順位。まあ、結果に云々言ってもしょうがないですが、個人的には、このフィールドワークの弱さを克服するためには、選抜の方法から見直した方がよいのでは?と考えています。

 「地理オリンピック」の国内選抜は、3次試験まであります。全国の地方会場で行われる1次試験(世界大会の「マルチメディア」試験に対応した、スライドで映される問題を見て1分間以内で4択ないし5択をマークシートで答えます)で参加者約2000人が約100名に絞られます。その後、国内各ブロック会場で行われる2次試験(英語での論作文を含めた記述試験。国公立大学の2次試験のような問題です)で10人前後にし、ファイナリストを集めての3次試験で「フィールドワークテスト」を行い、4人の代表が選出されます。フィールドワークテストに進む選手たちは、地理の学力、思考力的には申し分ないのですし、「世界標準のフィールドワーク」の予選をクリアするわけですから、それなりの技能もあります。でも、「世界」では順位を思うように伸ばせていません。また、いくら「世界標準のフィールドワーク」を広めようにも、毎年そのスタイルで勝負するのは全国で約10名。残りの1990名は、そんなやり方があることすら知らないまま、高校生活唯一の(多くは高校2年で受けます)地理オリンピックを終えるのです。

 「地理オリンピック」の予選問題は、高校の教科書の「地理B」の内容にほぼ準拠しています。多くの学校は、高校2年の春から「地理B」を履修し、試験がある12月〜1月は、まだ教科書の半分ぐらいしか終わっていません。また、「地理A」を履修している実業校などは、受ける側も教える側も「私らには関係ない」という状況で、なかなか受験者の増加につながらないのが実情です。日本代表発足以来、「静岡会場」を開いていますが、毎年、試験会場をもうやめようかと思うくらい受験者が少なくて困っています。

 ただ、国際大会の内容は「地理A」も「地理B」もありません。先述したように非常に本質的な問いを聞いてきますし、知識が豊富にあることに加えて写真や地図、景観を結びつけて「裏を取った上で説明する」力が求められます・・・もし、高校の「地理B」の履修をしていなくても、そうした訓練を日頃からしている、あるいはすごくいい「目」を持っている生徒がいたとしても、現行の予選システムでは代表まで上がって来られないと思います。

 これは私案ですが、仮に日本代表4名のうち、1,2名を「フィールドワーク選抜枠」あるいは、毎年春秋に行われている日本地理学会の「高校生ポスターセッション」の優秀発表者に枠を与えたらどうなるでしょうか?フィールドワーク枠は1次、2次、3次と行い、絞り込んで行きます。1次試験の会場の数だけ「世界標準のフィールドワーク試験」が行われれば、着実にその考え方は定着しますし、授業での履修云々に関わらず、課外活動や部活動(山岳部や郷土研究部など)で腕に覚えのある生徒がエントリーしてくれるかもしれません。悲しいことに、進学校の中には未だに「文系は、地理を履修できない」というような学校もありますが、そうした生徒も独学で地理オリンピックに挑むチャンスが生まれます。大学の中には、立命館大学地理学専攻の「フィールドワーク特別入試」のように、フィールドワークの技能を評価して入学者を募るところもあります。同校の1次選抜(書類審査)は、「あなたが選んだ特徴ある地域の写真を3枚撮影し、その写真と地図を基に、地域の特性を説明しなさい」という、大変シンプルなものです。採点は大変ですが、地理オリンピックのエントリーにも応用できる面があるかもしれません。

 2022年、高校地理が再び必修化されます。地歴科目の中で唯一「オリンピック」があり、世界につながってい「地理」ですが、その裾野を広げるためには、予選や選手選抜の方法を見直す時期に来ているのかもしれません。正直言って、今の選抜方法は、一部の都市部の受験エリートには有利ですが、それ以外の生徒には興味も関心も持てない(持たせられない)状況です。「この一点を磨き上げれば、自分も海外で挑戦できるかもしれない」という道を作った上で、異なる得意分野を持った「日本代表」を編成するのも一つの方法ではないかと思います。国際大会は個人と団体の両方で競う訳ですから、地理的な知識と論述力に長けた生徒、フィールドワークの経験では外国の生徒と引けを取らない生徒、ポスターセッション(国際大会でも審査があります)に秀でた生徒とタッグを組めば、もっと順位は上がるのではないかとみています。「地理・日本代表」の中に「〇〇県立××農業高校」、「〇×県立△△総合高校」の生徒が入ったら生徒も学校も嬉しいですし、それらの高校で日々一生懸命教育実践を重ねる若い地理教員にとっても大いに励みになると思います。また、実施時期をずらしていくことでチャレンジする機会を増やし、「地理オリンピアンになりたい」という生徒にとってもメリットは大きいはずです。

 久々の記事更新で、長い長い文章になってしまいましたが、校務がほっと一息。久々に「地理の教員」として、「地理の教育」を考えてみました。「初代:日本代表コーチ」として台湾に選手を引率をしてから12年。強化合宿の時に「産まれる!」ということで千葉から夜行ですっとんで行って生まれた子供は小学6年生になりました。現役選手から「ガラパゴス」と言われて、さあどうするか。高みの見物ばかりしていないで、何か出来ることからやって行ければなと思います。

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posted by いとちり at 20:11| Comment(1) | 地理オリンピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする